「小池劇場」で演じられる「コンプライアンス都政」の危うさ(下)

郷原 信郎

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不毛な「地下空間設置・盛り土一部不実施」の犯人探し

小池知事が「地下空間設置・盛り土一部不実施」の一点に問題を集中させ、「それを、いつ誰がなぜ決定したのか」という課題設定を行い、徹底調査するよう指示した。その方針にしたがって、東京都の内部調査が行われ、9月30日に調査結果が公表されたが(第一次報告書)、そこでは「行為者」「責任者」が特定されていなかったことに批判が集中した。そして、10月7日に、自己検証報告書中で、「技術会議が独自に提案した事項として」「建物下に作業空間を確保する必要がある」としていたのが誤りだったとされたことが契機となって再度の調査(第二次自己検証)が行われ、11月1日に第二次報告書が公表された。

小池氏が、その調査結果の公表で、退職者も含む東京都幹部8人を責任者として特定し、「懲戒処分の手続に入る」と明言したことに、世の中の多くの人は、「東京都の組織の古い体質に大ナタを振るった」と評価し、拍手喝采を送っている。

このような経過から、世の中の多くの人には、東京都の幹部が、内部調査であることをいいことに、自らの責任追及を免れるために、建物下で盛り土をせず地下空間を設置したことの責任を技術会議に押し付けようとしたが、それが嘘であることがバレてしまい、第二次自己検証の結果、真相が解明されて、東京都の幹部に対して「正義の鉄槌」が下った、と受け取られているようだが、それは、「小池劇場」の演出によるところが大きいと言うべきであろう。

「第二次自己検証報告書」の認定と判断

小池氏が、「盛り土」問題について、東京都の幹部8人を処分する根拠としている第二次報告書では、

いつ、どの時点で誰が「建物下に盛土をせず地下にモニタリング空間を設置する」ことを決定したのか

がサブタイトルとされ、「それを決定した者を責任者として特定すること」に全精力が注がれている。しかし、その内容は、「十分な根拠もなく認定した事実に基づいて、(小池知事の意向に沿って)責任を(無理やり)肯定した」というものであり、まともな組織の「調査報告書」とは言い難いものだ。

同報告書では、前述したように、第一次自己検証報告書の「技術会議が独自に提案した事項として」の部分を訂正したほか、基本設計に関する中央卸売市場新市場整備部と日建設計との間の具体的なやり取りが明らかにされ、同部が当初から、建物下にモニタリング空間を設置し盛り土をしない方針で臨んでいたこと、平成23年8月18日の部課長会で、その方針が確認されたことを認定している。そして、「部課長会のメンバーは、当日出席したか否かにかかわらず、当該部課長会において、整備方針に反して、建物下に盛り土をせず地下にモニタリング空間を作ることを了解したと判断する。」との判断を示し、当時在籍していた新市場整備部の部長級職員には「整備方針に反して地下空間設置を進めていた責任」、新市場整備部長には「上司の市場長、管理部長に報告・説明等をしなかった責任」、管理部長には「地下空間設置を知り得る立場にあり、新市場整備部に必要な措置をとるよう調整すべき立場にあったのに、職責を全うしなかった責任」があるとされ、市場長は、「事務方の最高責任者として責任」を免れないとされている。

しかし、既に述べた専門家会議・技術会議の法的性格、メンバー構成、技術会議での議論の内容からすると、「建物下に盛り土をせず地下にモニタリング空間を作ること」が東京都の整備方針に反しているとは言えない。地下空間を含む最終的な建物の設計を、いつ、誰が、なぜ決めたのかが、手続上明確になっていないということは、東京都が組織として明確に意思決定しなかったことについての「ガバナンスの問題」である。建物下での「地下空間」の設置と、それに伴う「一部盛り土不実施」だけを取り上げて、それを決定した行為を「行政上の問題」にし、都幹部の懲戒処分を行おうとしているが、いずれも、責任の根拠は、「決定」などとは到底いえない極めて曖昧で抽象的なものにすぎず、法的にもコンプライアンス的にも正当とは言えない。特に、東京都の行政の最高責任者である当時の石原知事の責任を除外して、具体的な根拠もなく、市場長に「事務方の最高責任者」として責任を問うのは明らかに不当である。

小池氏のマスコミ等への対応の問題

これまで述べたように、今回の「盛り土・地下空間」に関する問題が、当時の東京都のガバナンスの問題と、都民への情報開示や都議会への答弁・説明の誤りであることを前提に考えた場合、9月10日の「緊急会見」を起点とする小池知事のマスコミや都民に向けての対応はどう評価すべきであろうか。

市場の整備が終了し、移転を待つ段階の現在においては、問題が都民の「安心」に影響することを最小限にとどめることができるよう、「客観的な安全性」に直接影響する問題ではないことを十分に説明しつつ、「情報開示・情報公開」に関する問題を指摘していくべきであった。

しかし、9月10日の小池知事会見以降、「豊洲市場」の問題を指摘する報道において、移転を進めてきた(小池知事就任前の)東京都を批判する報道が過熱し、「土壌汚染対策は十分なのか」「食の安全は確保できるのか」といった世の中の懸念は一気に高まった。

共産党都議団が視察時に撮影したと思える「豊洲の地下空間の大量の水たまり」の写真が繰り返し映し出され、テレビで水に浸したpH試験紙が青色に変わったことから地下空間の水がpH12〜14の強アルカリ性であることが示され、「なんらかの化学物質が影響しなければこれだけの強アルカリ性にはならない。」との共産党都議団の主張がそのまま紹介されたり、民間検査機関の分析結果を公表し、1リットルあたり0.004mg(環境基準は0.01mg)の微量のヒ素が検出されたとの発表が取り上げられたりしたことで、多くの視聴者は、豊洲市場の地下空間は「土壌汚染による汚染水がたまっている空間」だと考えるようになった。

「建築の専門家」と称する人物による建築構造批判を、テレビ番組が無検証で報じるものもあった。「欠陥」の主なものとしては、①床の積載荷重不足(「床が抜ける」)、②耐震強度不足、③地下への重機搬入口がない、などがあったが、いずれも誤った根拠に基づいた内容だということがわかった。

東京都議が視察時に撮影した写真から、加工パッケージ棟4階の柱が傾いているのではないかとの情報提供を受けて、民放の報道番組で「柱が傾いている」という放送が行われたが、即座に、都職員や別の都議が検証実験を行った結果、柱は傾いておらず、カメラの角度でそう見えただけだったことが判明したという信じ難い誤報問題も発生した。

東京都が公表した、敷地内の地下水のベンゼン、ヒ素、水銀についてのモニタリング数値も、飲料水として利用する場合の「環境基準」、排水に用いる場合の「排水基準」等が区別されることなく、あたかも土壌汚染を示すものであるかのように報じられた。生鮮食品を扱う市場の敷地内で有害化学物質が検出され、しかも、過去一度も上回ったことのない「環境基準」を超える量のベンゼンやヒ素が検出されたり、「国の指針値」の7倍もの濃度の水銀が検出されたりしたという話を聞けば、豊洲市場への移転について、消費者が不安を持つのは当然である。

9月10日の「緊急会見」後の一連の報道の結果、豊洲市場に対するイメージは極端に悪化し、「生鮮食品を扱う市場として使うことは困難になった」との声も聞かれるに至っている。

その会見の10日前、小池知事は、「安全性への疑念」も理由の一つに挙げて、豊洲への市場移転の延期を発表していた。わずか10日後の土曜日の「緊急会見」で「安全性の確保についてオーソライズされていない」と発言すれば、「安全性への疑念」が具体化したことの指摘と受け取られることは十分に予想できたはずだ。小池知事自身が「盛り土・地下空間」の問題が「情報開示・情報公開」の問題であり、ただちに客観的な安全性につながる問題ではないことを繰り返し強調する姿勢をとらない限り、豊洲への市場移転に一貫して反対してきた共産党都議団の動きや、それに便乗してガセネタを流布する「専門家」の言動とあいまって、「豊洲市場」について「安全性に関する重大な問題がある」との認識が世の中に拡散する結果になるのは必然だったと言えよう。小池氏の対応には、マスコミ報道の過熱を助長する面があったと言わざるを得ない。

【前回ブログ記事】でも述べたように、11月7日に予定され、既に施設が完成し業者も準備を行っていた8月末の段階での豊洲への移転延期という、通常はあり得ない決定を発表していた小池氏にとって、移転延期の判断が正しかったことを根拠づける何らかの理由が必要だった。そのために、「情報開示に関する問題」に過ぎない問題を、安全性にも関連する問題でもあるかのように、「前のめり」に取り上げてしまったと見ることもできるだろう。

小池氏の対応は本当に「都民ファースト」か

豊洲市場問題に対する小池氏の発言や対応は、表面的には、コンプライアンス的に正しいように思える。まさに、小池氏は、コンプライアンスで武装した「リボンの騎士」であり、「小池劇場」で演じられているのは、まさに小池流「コンプライアンス都政」である。

しかし、これまで述べてきたように、その「コンプライアンス論」には、いくつもの矛盾と欠陥がある。少なくとも、東京都が、現在のやり方のまま、豊洲市場問題に対応していくことが本当に都民の利益に沿う「都民ファースト」と言えるのかには多大な疑問を持たざるを得ない。ところが、豊洲市場問題への小池知事の対応について、正面から批判する声はほとんど聞かれない。小池氏が都知事選挙で圧勝し、今なお絶大な人気を誇っていることから、批判すること自体で「炎上」の危険があると考えているからかもしれない。

小池氏が、本当に「情報公開」を都政改革の中心に位置づけていくのであれば、小池氏が明らかにした方針や、公開された情報に関して、自由闊達な議論が行われることが重要であろう。正面から批判をすることを躊躇させるような小池劇場の「魔力」には危険な面がある。巨大な東京都の行政組織が明らかに変調をきたしていることに、一都民として、強い危惧を感じざるを得ない。

都知事としての発言・説明の「私案」

最後に、これまで述べてきたことを踏まえ、「本件について都知事として行うべきであった発言・説明」について私の案を示し、本稿の締めくくりとしたい。

 豊洲市場に関しては、土壌汚染対策として、敷地全面について盛り土を行っていると、都民の皆さまにも、都議会にもご説明していたのに、建物の下は空間になっていて盛り土をしていないのではないかとの御指摘を頂き、確認をしましたところ、青果棟、鮮魚棟等の地下は、汚染土壌を取り除いた上に砕石層を設置し、それを直接コンクリートで蓋をして、その上は地下空間になっていることがわかりました。この敷地全体に盛り土をするという方法は、豊洲市場の土壌汚染対策について専門的見地から御検討頂くために設置していた専門家会議で提言されていたことでありますし、都民の皆さまには、提言どおりの土壌汚染対策を行っていると情報公開し、議会でも説明していたわけですから、一部盛り土が行われていなかったということは、そういう点からも、都民の皆さまにも、議会に対しても事実に反する情報公開・説明をしていたことになります。

もちろん、このような建物の下で盛り土をせずにコンクリートで蓋をして地下空間を設置するという方法が、都の担当部局において、様々な観点からの検討を行った上で、土壌汚染対策も含め安全性に問題はないとの判断に基づいて行ったものだと思いますし、そのような方法をとることで土壌汚染対策の安全性に問題が生じるということではありません。しかし、いずれにせよ、都民の皆さまや議会に対して事実に反する情報公開・説明をしていたことについて、訂正するとともに、東京都の行政の最高責任者として、深くお詫びをしたいと思います。

「情報公開」は私が都政改革の中心的課題として掲げるものですが、公開する情報が正しいものでなければならないことは当然であり、今回のようなことは二度と起きないように情報公開の改革を進めていきたいと思います。

また、今回の問題は、土壌汚染対策の安全性に直接疑問を生じさせる問題ではありませんが、かねてから豊洲市場の安全性に対する疑念が払拭できていない中で、この「建物の下は盛り土をせず地下空間を設ける」という方法についても、改めて専門家にお伺いするなどして、安全性に問題がないことの確認をしっかり行っていきたいと思います。

なお、もう一つ重要な問題は、建物の下に盛り土をせず地下空間をつくるという方法が、いつ、どこで、誰によって決定されたのか、という点であります。専門家会議の提言を受け、施設整備の中で土壌汚染対策を具体化することに関して設置された技術会議において、そのような方法がどのように議論されたのか、都の担当部門で、どのような検討を行い、どのような手続を経て、それを決定したのか。専門家会議の提言とは一部異なる方法をとるのであれば、その点が十分に説明される必要があると思います。これは、ある意味では、東京都という行政組織のガバナンスの問題でもありますので、その点は、当時の担当者も含めて、場合によっては、当時の東京都の最高責任者であった石原元知事にもお話をお伺いした上で、明らかにしていきたいと思います。その結果、東京都の組織の在り方、ガバナンスの問題があるということが明らかになった場合には、躊躇なく、思い切った改革を行っていきたいと思います。


編集部より:このブログは「郷原信郎が斬る」2016年11月23日の記事を転載させていただきました。転載を快諾された郷原氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は、こちらをご覧ください。