世界経済は「アナーキーという均衡」に向かう

池田 信夫

安倍首相が、トランプ大統領と日米首脳会談を行う。TPPが焦点だが、もうトランプが正式に破棄したので、日米FTAで仕切り直すしかないだろう。世界が1930年代のようなブロック経済に向かうことは、一時的には避けられない。これで世界は大混乱の不均衡状態になると思っている人が多いが、逆である。世界はナッシュ均衡に向かうのだ。
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ナッシュ均衡は直観的にいうと部分最適で、全体最適とは必ずしも一致しない。上の図(数字は日本のペイオフ)で、アメリカが自由貿易のとき日本だけ保護貿易にして輸入関税を上げると、一時的には税収が上がって国内業者は喜ぶ(右上)。ところがアメリカも同じだから、両方とも保護貿易(左上)が唯一のナッシュ均衡になるが、これは全体最適である自由貿易(右下)に劣る。

このおなじみのパラドックスは「囚人のジレンマ」だけでなく、かなり広いクラスのゲーム(共通利益ゲーム)で成立し、万能の解決策は存在しない。よくあるのはしっぺ返しが最適戦略だという話だが、これは1対1のゲームでしか成り立たない。長期的関係による「フォーク定理」も特殊な条件が必要だ。

したがってトランプのように国益を最大化するポピュリズムは合理的(部分最適)だが、それでは世界全体が貧しくなるので、各国のエリートの合意で全体最適(パレート支配均衡)を維持するのが、国連やWTOなどのリベラルな国際主義だ。

しかしこの全体最適は、ナッシュ均衡ではないので不安定だ。自国だけ保護主義になると利益を得られるので、WTOは機能しない。冷戦期には米ソ対立で国連も機能せず、冷戦後はアメリカが「世界の警察」になったが、それも撤退した今はアナーキーだけが均衡である。

歴史的にみると「国際社会」ではアナーキーが普通で、リベラルな国際主義が維持されたのは、各国のエリートに国際協調の理想が共有された、ごく短い時期に限られる。そういうコミュニケーションのできる「貴族」は、今やポピュリズムの台頭で各国の政権から追放されつつある。今年はフランスでも、マリーヌ・ルペンが大統領になる可能性が出てきた。

こういう時代に、経済学者が「自由貿易が全体最適だ」などと説教しても、何の意味もない。まず必要なのは、保護主義は合理的だという不都合な事実を認め、ポピュリストの戦略を理解することだ。それはアゴラ政経塾で毎週やっているように、ほとんど法則的といってもいいぐらい同じで、アメリカまで行かなくても東京都にもいる。