批評家は何故国民の視点から物を見ようとしないのか? - 松本徹三

2010年08月16日 10:00

文芸春秋の9月号に「孫正義のアキレス腱」という記事がありました。署名がないので、どこかの誰かからの持ち込み記事だと思いますが、筆者は恐らく「通信業界のインサイダー」の方々と親交の深い人でしょう。私自身通信業界に長く身を置いてきましたからよく分るのですが、この業界も他の業界同様、独特な「内輪社会」であり、大体似たような経歴と考え方をもった人達の集まりです。そして、この様な人達は、知らず知らずのうちに「内輪の常識」を「世界の常識」と錯覚し、「物事の本質」や「世界の大きな流れ」から乖離してしまうのです。

もう一つ、私がいつも気になっていることがあります。世の中の批評家やジャーナリストの方々は、実業に携わっている我々と異なり、書くことが仕事であり、マスコミや出版社に取り上げてもらわなければなりませんから、どうしても一般の読者が面白がるような筋書きに持っていこうとする傾向があるようです。「日本はかくあるべき」等といった大上段に振りかぶった議論をするには、相当の力と時間を要しますが、世の中の物事を動かしている「裏の事情」や「陰謀説」に類する話なら、或る程度の取材だけでも書けるし、読者の安直な興味を引くので、出版社にも取り上げて貰いやすいからでしょう。

しかし、私のような「本当のインサーダー」から見ると、こういう記事の浅薄さには「やれやれ、またか」という思いが募るばかりです。また、この方々が考える企業のリーダーというものも、どちらかと言えばステレオタイプになりがちです。

企業家は、勿論、企業の存続と発展の為に毎日仕事をしているのですが、その前に、やはり一人の人間なのです。「功利主義」は事業の存続の為には必要となりますが、事業を推進しようとする情熱の原動力にはなり得ません。サラリーマン経営者の場合は話が別ですが、創業者型の経営者の場合は、その事業に対する情熱は、しばしば「主義主張」、「人生観」や「国家(社会)観」、或いは、もっと単純な「正義感」や「自己顕示欲」等から生まれていることが多いのです。

さて、文芸春秋の記事に話を戻します。

現実にソフトバンクに勤務している私のような人間や、或いはNTTの役員をしている人等が何かを言えば、誰でもが「あれは自社の立場を守るために言っているに違いない」と考えるのは当然です。現実に、私とて、明らかに自社に不利になるようなことは、公には喋ったり書いたりは出来ません。(役員が会社の利益に反することをすれば「背任」になります。)ですから、私も、「私が言う事に偏見を持たないで欲しい」とまでは、読者にお願いするわけにはいきません。しかし、それでも、「客観的な事実や論理だけはよく見極めて頂きたい」というお願いをすること位は出来るでしょう。

原口総務大臣が提唱する「光の道」構想を、ソフトバンクの孫社長が熱烈に支持し、その具合案についてまで細かく検討して、色々な機会に色々な提言をしているのは事実です。従って、一般の人達が「『光の道』構想が実現したら、ソフトバンクには余程何かいいことがあるに違いない(逆に言えば、今のままでは、余程何か困ることがあるに違いない)」と考えるとしても、それは無理からぬことです。しかし、そこから色々に広がっていく「妄想」の多くには、明らかに「事実誤認」や「筋違いの議論」が数多く含まれます。

私が今回取り上げた文芸春秋のこの記事の趣旨は、一言で言えば下記の通りと思われます。

1)ソフトバンクは「通信インフラへの投資は収益につながらない」と考えており、出来るだけ手を抜きたいと思っている。
2)この為には、他の通信事業者が作ったインフラを利用するか、ユーザーが既に持っているものを利用するのが得策だと考えているようだ。
3)「光の道」構想でNTTグループが光回線を切り離せば、自社の負担は更に軽くなるので、ソフトバンクは強引にこれを推し進めようとしている。
4)しかし、その様なやり方には「業界」の猛反発は必至であり、結果として、ソフトバンクは、かえって「通信インフラへの投資」を加速させざるを得ない情況に追い込まれるだろう。

しかし、この記事については、相当の「事実誤認」を含む点が先ずは気になりますし、何よりも、「光の道」を単純な「事業者同士の利害対立」のレベルに矮小化し、「国やユーザーの視点では何も語っていない」という点が問題であると感じます。

先ず、上記の1)についてですが、そもそも通信事業というものは、インフラ投資がなければ始まりません。ソフトバンクが2兆円もの巨費を費やしてボーダフォンの日本法人を買ったのは、「ボーダフォンが行った通信インフラへの投資の価値を認めた」からに他なりません。

しかし、通信事業者の使命は、「通信インフラをフルに活用した情報通信サービスを顧客に提供すること」であって、「通信インフラを建設して運用すること」ではありません。つまり、通信インフラへの投資は、「必要条件」ではあっても「十分条件」ではないのです。従って、「通信インフラに投資するだけでは、収益につながらない」と考えるべきことも、これまた当然のことです。(そして、これは、ソフトバンクだけでなく、全ての通信事業者が考えていなければならないことです。)

通信インフラへの投資には巨額な資金が必要となるのですから、当然のことながら、爪に火を燈して、注意深くやる必要があります。競争環境におかれた各事業者にとっては、かつての独占企業体のように、野放図なインフラ投資をすることはもはや許されないのです。「顧客に対する『最終サービス』においてのコスト競争」をしなければならない各社は、その大きな部分を占める「通信インフラの建設コスト」の極小化を、必死で模索するのが当然です。

それ故に、世界中の多くの国で、設備の共用(無駄な重複投資の排除)は、今や常識になっているのです。欧州では、各主要国の何処においても、携帯通信についてはドミナントな事業者がいない為に、各通信事業者が自主的に話し合って、「次世代携帯通信システム(LTE)については設備を共用する」ことを既に決めています。(これには「環境に対する配慮」というメッセージも含まれています。)

中国はもっと徹底しており、国の政策として設備共用を義務付ける方向です。(中国は全体主義国家ですから、これはあまり参考にはなりませんが、昨今は、「日本でもそうあるべきではないか?」という気持にすらなります。)

文芸春秋の記事の筆者の取材を受けたと思われる「NTT関係者」は、ソフトバンクを「インフラの整備に無関心」であると考え、「行儀の悪さ」という言葉(記事の原文のまま)でこれを表現されたようですが、この方の見識のなさには言葉を失うばかりです。設備投資に慎重なのは、無関心だからではなく、「通信事業者の真の使命」に対して関心が深いからです。また、激動する情報通信サービス市場の動向を見極めての「臨機応変の経営判断」は、「行儀が悪い」という言葉には馴染みません。

そもそも「行儀が悪い」という表現自体が、古色蒼然たる「閉鎖社会」の「内輪の感覚」から出ているものです。私は、この「NTTの関係者」には、是非とも世界の情報通信関係者を前にして、英語で語って貰いたいと思っています。みんなポカンとして、誰も理解出来ないでしょう。この様な人達が「日本の通信業界のあり方」について何時までも語り続け、日本に「更なるガラパゴス化」をもたらすことがない様に、祈るしかありません。

私は、個人的にも(ということは、「会社の利害を離れて考えても」という意味です)、今回の原口総務大臣の「光の道」構想を「時期を得たもの」と考えています。その理由は下記の通りです。

1)日本経済再生のためには、「IT技術の導入促進による生産性の向上」と、「IT関連ビジネスにおける国際競争力の強化」が今や必須である。(また、これにより、生産性の低い分野から高い分野への「労働移転」も促進される可能性がある。)

2)日本の場合は、官民によるIT技術の利活用の促進は、インフラから始める方が効率的であると思われる。(日本人は、性格として「器用貧乏」なところがあるので、先ず「発想のベース」を広げる事が効果的である。- 機器を開発する時に、始めから将来を見通して「高性能のCPU」と「大容量のメモリー」を前提にしておけば、「大胆な設計思想」が取り入れやすくなるのと同じ事。)

3)日本の「地理的条件」、「一人当たりのGDPの高さ」と「貧富の差の小ささ」、及び広範囲にわたる「技術の蓄積」を考えると、「全世帯に既に繋がっているメタル回線を全て光回線に変えて、『地域格差を超えたクラウド化』を一気に実現する」タイミングは今や熟していると思われる。

「光回線網をバックボーンとして、様々な無線技術をこの上に載せていく」という考え方は、ここ10年来私が考えてきた「国の通信網のグランドデザイン」であり、その意味で私自身はずっと確信犯でしたが、ADSLで勝負してきたソフトバンクの方針とは相容れないのではないかと、当初は危惧していました。しかし、孫さんの視点は、私が考えていた以上に長期的で、自らの会社を拡大すること以上に「国のあり方を変えたい」という意欲も強いことが分かりました。

とは言え、ソフトバンクの経営に全責任を負っている孫さんとしては、当然「それがソフトバンクの利益にもなる」という考えがなければ、「光の道」構想に対してここまで積極的にはなれないでしょう。しかし、これについては、色々と憶測する必要は全くありません。下記がその理由であることは、誰もが容易に納得出来ることだろうと思うからです。

1)将来、人々のインターネットサービスの利用が飛躍的に多くなることが、色々な形でソフトバンクの業容の飛躍的な拡大につながる。逆に、日本におけるインターネットの利用が停滞すれば、ソフトバンクの活躍の場は狭まる。
2)その為にはiPhoneやiPadに代表されるような「無線でつながった高度な端末機」の普及が何よりも重要である。(同時に、各家庭に設置された大画面のデジタルTV受像機の多目的な利用も重要ではあるが…。)
3)しかし、この世の中の殆ど全ての無線システムは有線システムでサポートされており、今後、通信容量の飛躍的増大に対応する為に、セルサイズが小さいFemtoやWiFiの導入が促進されていくと、有線システムの重要度の比重は更に高まっていく。
4)無線通信サービスについては、全国的に、曲がりなりにも複数の事業者による競争がある程度実現しているが、有線システムについては、NTTの実質的な独占体制が加速しつつある。
5)現体制を放置すれば、日本の将来を担うべき光通信網の「コスト」も、「普及の速度」も、「サービス地域」も、全てが一民間企業であるNTTの恣意的な判断に委ねられてしまう。
6)その上、NTTから施設を借りなければならない全ての事業者は、「卸売り部門と一体となってビジネスを行っているNTTの小売部門」との間で、極めて不公正な競争を強いられることになる。
7)NTTのメタル回線に依存する既存のADSL事業は、益々割高になるNTTの接続料によって、現時点でも存続が危ぶまれているが、現体制のままでは、NTTの思惑一つで何時廃業に追い込まれるかもしれない。(光回線の上でも最低限メタル回線同様の条件での通信事業の運営が保証されない限りは、メタル回線廃止には断固反対していかざるを得ない。)
8)長期的には、全ての通信ネットワークのバックボーンは「制御されたIP網」即ちNGNになることは確実だが、全国の光通信網(物理層)がNTTの実質支配下に置かれれば、NGNやそれを支えるIPv6でも「NTT流」(不幸にして、常に「世界の潮流」と少し異なったものになる傾向がある)が優位に立ち、日本に「NTT一極支配の暗黒時代」が再来する恐れもある。
9)長年にわたって作られてきた「施設」と「顧客ベース」を持った「強大なNTTグループ」に対し、あらゆる局面において競争を挑むのは、新規参入事業者の責務ではあるが、現在のように、NTTが「実質独占に近い(或いは、それが望ましい)公益的分野」と「競争が可能な(且つ望ましい)分野」を同一組織の中に並存させている情況では、これは困難である。

各企業にとっては、「自社の利益」を先ず考えなければならないのは当然ですが、「国の体制」についての提言をする時には、それだけでは国民の支持が得られないことは、誰もが百も承知しています。ですから、国民(ユーザー)の利益にならないようなことを、一企業が白昼堂々と議論することはあり得ないのです。(従って、文芸春秋の記事の筆者が言われるような「我田引水的なやり方」を、ソフトバンクが敢えて推し進めようとすることも、勿論あり得ません。)

この事は、逆に言えば、「国民(ユーザー)の利益に合致する方向で自社の長期戦略を考える」ことこそが、全ての企業の存続と発展の為の必須条件であるという事でもあります。私としては、自分が勤務するソフトバンクは勿論、NTTにも当然そうあって貰いたいし、まして況や、「自社の利益」を考える必要のない批評家やジャーナリストの方々には、是非ともそういう観点から、「国家政策」についての真面目な議論をして頂きたいのです。

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑