ネット生保立ち上げ秘話(23)初めての大勝負 - 岩瀬大輔

2010年09月15日 05:10

247個の改善指摘事項

「それでは、我々プロジェクトチームが御社のウェブサイトを使ってみた感想をお伝えします。厳しいこともたくさん言いますが、気を悪くせずに聞いてください。」

2008年8月22日。株主でもあるグロービスのMBAプログラムに在籍中の皆さんが、自主的にケーススタディとしてライフネットを取り上げ、マーケティングの改善案を提案してくれることになっていた。そこでは徹底して「一人の消費者」の目線でユーザー体験を語ってもらうようお願いしていた。

 「入力項目が多すぎて、申し込むのに40分近くかかる。長すぎる。」
 「この会社に任せていいのか不安に感じる。」
 「生年月日が明治からになっていた。」
 「申込途中で悩んでも保存できないので、またやり直すのかと思うと諦めてしまう。」
 「情報が多すぎて、結局どれが一番自分に合っているのか分からない。」

指摘された改善事項は全部で247個に上がった。もちろん、開業前には色々な人に使ってもらって、自分たちなりに納得のいくものを作ったつもりだった。しかし、生の顧客の声は、我々が想定していたよりも厳しいものだった。


保険広告の難しさ

2008年9月。開業して4ヶ月が経とうとしていたが、PR活動によるメディア掲載は好調で、殆ど毎日何かしらの媒体に露出していた。新聞と雑誌への出稿も一通り試してみた。にもかかわらず、毎日の申込みは一向に増えなかった。

よくよく考えてみると、それは決して不思議なことではなかった。インターネットが普及した今、人々の情報の取り方が質的に変化したと感じていた。一説によると、ネットによって情報の伝達コストが激的に下がった結果、消費者が受け取る情報は何百倍にもなったという。ネットを使いこなすユーザーは、このような情報の海に溺れてしまうことなく対岸まで泳ぎつくべく、(テレビを見ているときは例外として)自分が欲しい情報を能動的に取りに行くようになっている。ネットサーフィンしているときに自分の興味が無いページであれば秒単位の時間で離脱して他ページに遷移するのと同様に、紙媒体であってもそれと同様に性急に自分が求める情報を探して目移りするようになっているのではないだろうか。

例えば、今朝読んだ新聞で見た広告を明確に覚えている人は、どれだけいるだろうか?そう考えると、時間が比較的ゆったりとれる専業主婦がのんびりとチラシを物色するような感覚で、一般読者、特に我々が主たるターゲットと考えた20代~30代ビジネスパーソンが新聞・雑誌の広告を眺めている訳ではないことは肝に命じておく必要があった。

この傾向は何も紙媒体だけではなく、生命保険という商材について言えば、ネット広告も同様だった。結論から言ってしまうと、誰も生命保険の広告など見たくないのだ。どれだけ保険商品の優位性を訴求したバナー広告を出しても、自らが能動的に生命保険について考え、商品を探している場(例えば保険の比較サイト)以外であったら、アクションはおこさないのである。他社のバナー広告を見ても

 「3年毎に15万円のボーナス!」

といったように、保険の本質的な機能以外のところでアピールばかりしていた。我々も、とにかくユーザーに広告をクリックして欲しかったので、当時話題のニュースに合わせて「マグロ品等。値段高騰。マグロ通必見の節約術」「ガソリン200円時代到来?家計のためにまずやるべきこと」といったコピーのバナー広告を出してみた。

この手法を使うと、キャッチコピーに関心をもったユーザーのクリック数は稼げるかもしれないので表面的な効果はよさそうに見えるが、その人たちは必ずしも保険のニーズを持っている訳ではないため、申込に繋がる訳でもなく、結局広告の効率は悪くなってしまうのである。

そもそも広告が効きにくくなっている市場環境。その中でも特に広告をしにくい生命保険という商材。そして、そもそも知名度ゼロから出発して、広告宣伝費用をあまりかけずに世の中で認知度を高めていかなければならないというライフネット生命の立ち位置。これらの諸条件が、新興のネット生命保険会社のマーケティング活動を難しくしていることは間違いなかった。

繋がらないアウトバウンドコール

少しでも新契約件数を増やすために始めた施策の一つが、アウトバウンドコール。といっても、電話帳を見てランダムにセールスをかけるようなやり方は、我々の理念に合致しない。そうではなく、一度ライフネットのページから申込を開始したが途中で手が止まってしまっている人、あるいは申込は完了したが、契約手続きに必要な一件書類を返送してくれていない人たちへリマインドの電話をかける、というものである。

そもそもライフネット生命の契約手続きはネットだけでは完結しないようになっていた。申込があった契約で引受審査が完了した後に、身分証明書のコピー、口座振替書(銀行引落しを選んだ場合)、そして契約を満期前に解約しても「解約返戻金」が戻ってこないことを了承する旨の確認書を送り返してもらうようなプロセスに設計されていた。そのため、せっかくネット申込を完結しても、期限内に書類が返送せれずに不成立となっている契約が少なくなかったのである。

「お客さまにこちらから電話をするなんて、私はそういう保険会社の体質がイヤでライフネットに転職したのに」

そう拒否反応を示す仲間もいた。しかし、我々は保険をプッシュセールスする訳でなく、既に申込手続をほぼ終えているお客様にそっと一押しのリマインダーをするだけだから、そう納得してもらった。

とある土曜の朝、有志でコンタクトセンターの部屋に陣取った。頑張ろう、とお互いを励まし合って、電話をかけ始めた。一本目の電話は、僕がかけた。

やってみると、色々と興味深いことが分かった。まず、携帯番号は殆ど繋がらない。移動中だったり、そもそも知らない固定電話からの着信は出ないことが多いのだろう。

そして、運良く電話が繋がったお客様は、総じて好意的だった。ちょうどやらなきゃと思っていたところです、すみません、と謝られる方もいれば、分からないことがあったから相談したかった、という方まで。少し迷惑そうにされる方がいなかった訳ではないが、電話の結果書類の返送を確約してもらえたり、悩んでいたポイントが解消され、手続が前に進んだ例もいくつもあった。ネット生保の顧客と言えど、会社とのコミュニケーションを求めている人が多数派なのだということに気がついた。

土曜の夕方、ひと通り電話かけを終えて、ほっと一息ついた。一日の結果、数十件の契約が追加で取れた感触。できる限り色々な施策に取り組んできたが、このように明確な手応えを感じることができたのは初めてだった。

初めての大型出稿

5月、425件。6月、444件。7月、470件。8月、492件。9月、533件。わずかではあるが、対前月で伸びてはいた。しかし、その伸び率も絶対数も、目指していたところからはまだ程遠かった。一つずつできることはやってきたが、英語で言うと‘move the needle`、意味のある大きな変化をもたらすものはなかった。

手詰まり感がある中でマーケティング部から出てきた提案が、JR車内の大型交通広告。山手線等の車両の端に4枚並びでパネル広告を出稿する、「新B額面枠」というもの。金額は一つの施策としてはこれまで最高だった。

目的は首都圏勤務の1,630万人(一日平均)へ広範にリーチを図るというもので、メリットとしては、最大の課題である認知を拡大させるために有効かも知れないことと、今回初めて価格競争力を訴求するために「月6,942円の節約」という調査結果を使おう、ということがあった。

他方で、不安もあった。人々は本当に、朝通勤時に車内広告を見ているのだろうか?ゴシップ心をくすぐる週刊紙の中吊りであれば、確かに目を向けるし、それなりに記憶にも残る。しかし、それ以外の広告は自分自身、余り目に入ってないか、入っても記憶に残っていなかった。試しに乗った電車の中で乗客を見渡すと、殆どの人がケータイをいじっているか、本か新聞を読んでいるか、寝ているかのいずれのように見えた。車内広告をちゃんと見ている人なんて、殆どいないように思えた。

そもそも僕がマス型広告に慎重だった背景には、これまでの自分が出した「ハーバードMBA留学記」の売れ行きに関するささやかな体験があった。新聞の5段広告で大きく出た時でも、記事で大きく紹介されても、アマゾンでの売上やブログへのアクセスは殆ど増えることがなかった。紙媒体とネットの相性は余り良くないと感じていたのだ。

とはいえ、対案がある訳ではないので、否定するだけなのは嫌だった。最終的には役員会でも良く議論した上、広告の受け皿となるホームページの改善を進めることと、広告の効果分析を厳格に行うこと、更に訴求メッセージとして保険料節約の価値を明確に伝えることを条件に、ゴーサインが出された。

針が動き始めた

商品説明ページをはじめ、ウェブサイトの主要なページの改善も終わり、9月末から10月頭にかけた1週間。実際にJRでの広告が始まると、まずコンタクトセンターの電話が鳴り始めた。確実に、問い合わせが増えたのである。遅れて、ホームページへのアクセスも増加。これまで色々な広告を試してきたが、このようにすぐに目に見える効果が出たのは初めてのことだった。

何よりも、友人・知人からの反響が大きかった。

「電車広告見たよ!すごいね、車内をジャックしてたね」

実際には4枚しか並べてないのだが、車両の端にいる人にはすべてがライフネット一色になったように見えるのである。感覚としては、この広告を通じてライフネットのことを初めて知るというよりは、すでに何度か新聞・雑誌などで見ていた人が、今回の広告で記憶を喚起された、といった具合である。

「見たよ!」と言われたのは自分の友人だけでなく、多くの社員もそうだった。「友人から見たと言われました!」という嬉しい報告が相次いでいた。

最後に、申し込みが増え始めた。広告掲載期間が終わっても1週間くらいは、対前月比で大きく伸びていった。

終わってみれば、10月の申込件数は631件。前月の533件に対して、約2割増。まだ決して大きい数字ではないし、CPA(顧客獲得コスト)の観点からすれば決して満足すべき結果ではなかったが、一つの施策による伸びとしては、これまでにないものだった。

電話やメールでの問い合わせが増え、申し込みも増えてきたことで、皆が忙しくなっていった。すると、社内の雰囲気も明るさを取り戻し始めた。それまで認識されていた社内の課題がひとつひとつ、売上が増えることで自然と解消されていった。少し大げさにいえば、大勝負はよい結果に終わったのである。

そしてこの小さな躍進は、11月に取ったもう一つの大勝負、「保険の原価開示」によって火がつく前兆でもあった。

(つづく)

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岩瀬 大輔
ライフネット生命保険代表取締役社長

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