「無税国家」というナンセンス

2010年10月26日 22:47

リフレ派の人々がいまだに使うレトリックに「バーナンキの背理法」というのがある。日銀がいくら国債を買ってもインフレが起こらないとすれば「無税国家」になるので、インフレはいつか起こるという話だ。勝間和代氏のようなアマチュアがいうのはともかく、岩田規久男氏が次のように書いているのには驚いた。

日銀がいくら国債を買っても、物価は上がらず、デフレが続くとしよう。すると、日銀はインフレを心配せずに、市場に存在する国債をすべて買い切ってしまうことができる。[・・・]それでも、デフレが終わらないならば、政府は税金を廃止して、財政資金をすべて国債発行でまかない、その国債を日銀がお札を刷って買い上げればよいことになる。無税国家の誕生であり、これほど国民にとって喜ばしいことはない。(p.97)


これはそもそも背理法になっていない。かりに上の命題が成立したとしても、政府は日銀に数百兆円の債務を負うので、それを返済する財源は税しかなく、無税国家にはならない(債務を逃れるには、政府がデフォルトを宣言して破産するしかない)。つまりこれは「日銀が無限にお札をばらまけば必ずインフレが起こる」という自明の命題を述べているにすぎない。

通常の金融政策ではインフレは起こらない(0)が、日銀が無限に通貨を発行すればハイパーインフレが起こる(1)ことを証明しても、その中間(0.1)のマイルドなインフレが存在する証明にはならない。つまり岩田氏の「背理法」が成立するためには、物価上昇率がマネタリーベースの増加に比例して連続的に上がるという条件が必要なのだ。

具体的に考えてみよう。日銀は2001年からの量的緩和で35兆円のマネタリーベースを供給したが、何も起こらなかったので、インフレが起こるほどの変化を起こすには、もっと巨額の通貨供給が必要だろう。たとえば財政法第5条の国会決議で、日銀に200兆円の国債(来年度の新発債+既発債の借り換え)をすべて引き受けさせると想定してみよう。そのとき、岩田氏の期待するような「2~3%のインフレ」が生じるだろうか。池尾和人氏はこう予想する:

インフレ期待が生じると、既存の国債保有分については、インフレによる損失を回避するために、その前に売却しようという動きが生じることになります。これは、国債価格の暴落=長期金利の急騰につながります。投資家が、何もせずに、インフレによる債務の実質カットを甘受し続けることはありえません。

このことを避けようとして、日本銀行が買いオペをして代わりに現金を供給しても、インフレで価値が低下することが分かっている円をキャッシュのままで持ち続けようという者はいないはずですから、外貨建て資産や実物資産への転換が図られることになります。前者であれば、円安を招くことになって、輸入物価の上昇につながります。

つまり物価と金利が急激に上昇し、インフレ・スパイラルに陥るおそれが強いのだ。少なくともゆるやかなインフレが長期にわたって続き、国債の保有者が巨額の損失を甘受すると予想する理由はない。岩田氏が学問的に議論するなら、無税国家などというナンセンスな話ではなく、日銀がどういう政策をとれば2~3%のインフレを副作用なしに維持できるのかというメカニズムを具体的に示す必要がある。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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