「光の道」についてのソフトバンクの新提案

2010年11月01日 10:00

先週、ソフトバンクの孫正義社長は、片山総務大臣をはじめとする総務省のトップを訪問し、「税金を使わずに『光の道』を5年で実現する具体案(新提案)」を提出しました。また、これに関連して、この問題を検討しているワーキンググループの主要メンバーや、内外の報道機関への説明も行いました。

(国内の報道機関には「そんな大胆な事が本当に実現出来るのか」という懐疑的な見方があったのか、あまり報道しませんでしたが、むしろ外国の報道機関の方がより大きな関心を示した様でした。)


既に多くの方々にはご理解頂けていると思いますが、本件についてのこれまでのソフトバンクの提案は、要約すれば下記の五つの柱から成り立っていました。

1)5年間のうちに日本全土の既存メタル回線を全て光回線に張り替え、日本中の全ての人が分け隔てなく、高速インターネットサービスを現在よりははるかに安い値段で利用できるようにする。

2)現状で十分と考えている(新しいサービスを必要としない)人達は、現在の電話やファックスを、追加費用一切ナシでそのまま利用出来る。

3)全ては「税金を一切使わない」方法で実現する。具体的には、現在のNTT東・西から、「交換局と利用者の端末を結ぶ線路部分の提供と保守」を行っている「アクセス回線部門」を分離して、新会社を設立、この会社が社債を発行し、独立採算で事業を遂行する。

4)新会社での健全な事業運営が可能となるのは、「回線の張替えを、計画的に一気に行う」「メタルと光の二重構造を解消し、メタル回線の保守費をゼロにする」という二つの抜本策を講じる故である。

5)現在のメタル回線の保守要員を「集中的な回線張替え作業」に振り向ける事により、雇用を確保しながら「世代間の労働移転(*1)」をスムーズに実現する。

*1 現在のNTT及びアウトソーシング子会社の人員が55歳を越える高年層に集中している事に着目した施策。工事や保守に秀でた高年層の人達が「全回線の光化」という大事業を完遂して引退した後に、若い人達の雇用を、このインフラの上で運営されるソフトやサービス分野で確保する。

ソフトバンクは、「光の道」実現の方策を検討するために作られたワーキンググループ等に、この提案を早い時点から提出していましたが、肝腎のNTTは、「こんな事は実現できるわけがない」として全く意欲を示さず、代替案も出て来ていませんでした。また、ソフトバンクは、NTTとの公開の場での議論を求めましたが、NTTは乗ってこず、その間に民主党の代表選挙等もあったため、数ヶ月が無為のうちに過ぎました。

9月初頭にNTTから出されたソフトバンク提案に対する初めての反論書では、「光回線の新設にかかるコストとしては、ソフトバンクの試算2.5兆円は過小であり、5兆円程度はかかる」とされていた事もあり、ワーキンググループのメンバーの間にも「実情を一番よく知っている筈のNTTが『出来ない』と言っているのだから出来ないのだろう」というネガティブな考えが強くなってきている様に思われました。(意欲満々だった原口前大臣から、情報通信分野にはあまりご興味がなさそうな片山現大臣への交代も、このムードをある程度助長したかもしれません。)

一方、一般の人達の間にも、「ソフトバンクの案では、実際に新会社の経営について誰が責任を持つのかが明確でない」「ソフトバンクは国に責任を負わせて、自分はただ乗りでメリットだけを取ろうとしているのではないか」という不信感が芽生えつつありました。確かに、ソフトバンクは「税金ナシで実現できる」と主張して、その数字的な根拠まで示しても、「責任を持ってそれを遂行する」という当事者が現れなければ、納得性に乏しいのは止むを得ない事でした。

これが、今回、ソフトバンクが「新提案」を打ち出した背景です。

この新提案で、ソフトバンクは、「国がこのプロジェクトの妥当性を認め、NTT法を改正してアクセス回線部門を分離、これによって生まれる新会社についても、国が現在のNTT持株会社の持分と同じだけの持分(実質約40%)を引き続き保有し(*2)、監督を続行する」事を前提に、「通信会社が共同で新会社の株式を保有して、経営責任をとる」事を提案しました。

*2 株式持分対象を、NTTから新会社に、一部(2兆円中の2000億円相当分)横滑りさせるに過ぎず、負担総額の増加は一切ない。

更に画期的なのは、「もし他の通信会社が興味がないというのなら、ソフトバンク一社でも、残りの全株式を引き受け、全ての経営責任を取る覚悟がある」事を初めて明言した事です。そして、その上で、「この会社の公益性については十分に認識し、全ての計数をガラス張りにする事は勿論、回線を利用する全ての通信会社に公正な取引条件を保証する」事も明言しました。

同時に、ソフトバンクは、9月初めに出されたNTTの反論書にも言及し、

1)これまでNTTは「インフラは既に90%出来ているので、後は現状で33%しかない利用者を如何に増やすかが唯一の課題」と言っていたが、実は「架空線は50%しか出来ていない」事が今回明らかになったので、この分は相当のコスト増になる。
2)それ以外にも、今回NTTから開示された数字に従って、これまでのソフトバンクの見積を若干修正しなければならないところはあったが、それらを全て修正しても、光の新設コストは2.5兆円から3.1兆円に増加するだけで、「税金の投入ナシで全てを行う」という基本方針を変更する必要はない。
3)それ以外の点は、「既に算入済み」「NTTのやり方は妥当でない(例:減価償却の方法)」「NTTの見積もりは過大」「ソフトバンク提案を理解していない為の勘違い(例:営業費の見積)」等々の理由で、考慮する必要はない。

旨を、数字的な根拠と共に提示しています。

(因みに、メタル回線の保守費など、現在のアクセス部門の運営に関連する詳細な内訳の数字については、NTTは「経営情報ゆえ秘匿しなければならない」としていますが、これでは議論がこれ以上進展しません。この分野が公益分野であり、且つ実質独占に近い分野である事を考えれば、「情報の秘匿」に妥当性はありません。必要な数字は全て公表した上で、公開の場での議論が望まれる事には、誰も異論はないでしょう。)

さて、この様な新提案について、総務省や民主党の情報通信部会、NTT、それに本件に携わるタスクフォースやワーキンググループの委員の皆さん方がどう対応するかは、極めて興味深いところです。

私自身は、「光の道」によって達成出来る事として下記があり、これらの全てが日本の現状から考えると極めて重要な事なので、この様な提案が現政権によって「時期を得たもの」と評価され、「国の政策」として採択される可能性は十分あると思っています。

1)インフラ先行によってアプリ・サービス開発を刺激し、雇用を創出する。
2)ICT環境の充実により、全産業分野で生産性を向上させ、併せて地方格差も是正する。
3)公正競争環境を整備する事によって、ICT産業全体を活性化し、国際競争力を高める。

政府(NTTの監督官庁である総務省、及び断トツの筆頭株主である財務省)が方針を決定するに当たっては、納税者でありサービスの利用者である一般国民の立場は勿論、現時点でNTT持ち株会社の株式の約30%を保有する99万人弱の一般個人株主の利益も勘案しなければなりませんが、一般国民の立場からは、「得られるものは多々ありそうな一方、失うもの(例えば税負担)は殆どなさそう」なので、この判断は比較的容易でしょう。

また、ソフトバンクの提案によれば、「新設のアクセス回線会社が現在のNTT東・西の赤字部門を債務と共に引き受ける」わけですから、NTTの既存株主にとっても、良い話でこそあれ悪い話とは思われません。また、内閣が法案を提出するに当たっては、内閣法制局が当然その合憲性を事前にチェックしますから、仮にこの決定に不満な一般株主がいたとしても、憲法上の「財産権」を盾に国と争う事は事実上不可能でしょう。

(そもそも、NTT分割論は20年以上前から議論され、何度も「審議会答申」等が提出されながらも、その都度政治力が働いて「先送り」されてきたものですから、もしこれが憲法上の「財産権」の侵害に当たるのなら、今までの議論は一体何だったのかという事になります。)

そして、一旦決定がなされ、NTT法が改正されれば、NTTの経営者は無条件でそれに服さなければなりません。新会社の運営については、彼等が「責任を持って自ら引き受ける」と言えば、当然優先権を持つでしょうが、「責任が持てない」と言うのなら、「責任を持つ人」に道を譲るしかないでしょう。

さて、最後に一言、今回のソフトバンクの具体的提案で、私自身もこれまで言ってきた事の一つを修正しなければならない事を申し述べます。

もう今から20ヶ月以上も前のことですが、私はアゴラで初めて光通信網の事に触れ、その時に「公設・民営」という言葉を使っています。これは、「公益性のある分野なのだから、単純な営利会社とは明確に一線を画し、『公設』の概念を導入すべきだ。(場合によれば公社化してもよい。)『運営』については、民間に委託するなどの工夫をすればよいのではないか」という程度の漠然たる考えを示したものだったのですが、その後、「公設・民営」という言葉が極めて危険なものである事に気がつきました。

現在言われている「公設・民営」は、国と地方自治体が税金によって資金を拠出して光回線を新設し、その運営と保守をNTTに任せることを意味します。これは、一言で言うなら、絶対にやってはならない「最悪の選択」です。

抜本策を講じない状態での小規模の敷設は、極めて経済性が悪い上に、アプリやサービスの開発も刺激しません。仕事を請け負うNTTにとっては有難い事かも知れませんが、一般国民や地域住民にとっては、「税負担なく高速インターネットのメリットが受けられる(ソフトバンク案が実現可能と判断された場合)」どころか、「税負担を負う上に大したメリットは得られない」事になり、最悪の事態です。

総務省やワーキンググループの一部には、もしかしたら、この様な「小刻み敷設」で「光の道」信奉者の「ガス抜き」が出来るのではないかと考えている人達もいるのかもしれませんが、とんでもないことです。「大きな視点」と「大胆な発想転換」を欠いた、この様な「政策の小出し」こそが、芳しくない「日本のICTの現状」を生み出した元凶なのだと、私には思えてならないのです。(日本特有の「ガス抜き」等という姑息な考えも、この際根絶されるべきです。)

今回のソフトバンクの新提案が出たのを機に、民間のアントレプレナーシップ(企業家精神)を十分に活用する事によって、「税金投入ゼロ」を堅持し、その上で、「独占の弊害を排除する為の監視体制の徹底(完全ガラス張り)」「公正競争条件の厳守」「品質の確保」等々を担保する方法を、今こそ徹底的に議論するべきです。少なくとも、「徹底的な公開討論なしに画期的な提案を葬り去る」ような事だけはないように願っています。

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