作家が立ち上げる電子書籍制作配信会社

田代 真人

去る11月5日、作家の村上龍氏がG2010という会社を立ち上げた。設立趣意書では、“○○会社”という表現はとっていないが、内容を読むと電子書籍の制作・配信会社のようだ。7月に『歌うクジラ』をiPadで発行した村上氏。5月に『死ねばいいのに』電子版を発刊した京極夏彦氏よりも気合いが入っていたようすだったので驚くことでもない。それよりもむしろ個人的に感慨深い。というのも私は彼のデビュー作『限りなく透明に近いブルー』で現代小説に目覚めたのだ。電子書籍では直筆の原稿まで収録されているという。これは買わねば(笑)!


それにしても驚くのが、その目標である。“年間20タイトル発刊予定、売上1億円”!!! いちおう同業者としては目を見張る目標である。さすが著名人は違う。いや小説家は違う、と言ったほうがいいだろうか。ホリエモンが小説『拝金』を書いた理由が「100万部行くためには小説しかないかなぁ、と思って」(日刊サイゾー)というだけに売れれば大きいのが小説ではある。

『もしドラ』(“もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら”)がダイヤモンド社始まって以来の発行150万部突破という話を聞くと、やはり小説は強いと言わざるをえない。もちろん300万部以上の『女性の品格』などもあるので、ミリオンセラーは小説だけではないのだが……。

1億円といえば『歌うクジラ』同様に他の電子書籍も単価1500円だとすれば、合計7万部弱を売り上げれば達成だ。『歌うクジラ』だけで1万部以上配信されたと言うので、彼らにとっては非現実的な数字ではない。電子書籍販売に必須なのがマーケティングだということは誰しもわかっていることだと思う。そう考えると著名作家は一日の長があると言えるだろう。

もちろん内容が良くなければ、いくらマーケティング技術がすぐれていても大部数にはつながらない。しかしG2010にはよしもとばなな氏や瀬戸内寂聴氏も参加するというから、実績は申し分ないし、また、メジャー感たっぷりでもある。話題性もあるので、早々に目標達成する可能性は高い。

G2010の設立趣意書には、『歌うクジラ』の売上配分まで書かれている。ちょっと計算してみよう。

売り上げの配分は、制作実費150万(坂本龍一へのアドバンス50万円は売り上げ配分の前払い扱い)をリクープする前は、村上龍:グリオ:坂本龍一=2:4:1、リクープ後は、4:2:1とすることにしました。

ということは、単価1500円で1万部の場合を計算すると、単純に売上は1500万円となり、配信料の30%を除くと1050万円だ。

『歌うクジラ』では、音楽やアニメーションが入ったリッチコンテンツだったので、グリオの作業チームの人件費を別にして、プログラミングの委託実費が約150万かかりました。

というから、上記の計算で売上高が375万円が実費のリクープラインである。2500部の配信数となる。それ以降の売上配分の変更も組み入れると、1万部の売上で以下のようになる。

村上龍氏:グリオ:坂本龍一氏=525万円:375万円:150万円

歌うクジラ 上

『歌うクジラ』の紙書籍版は上下巻合わせて税抜き3200円なので、印税10%としても1万部の販売で320万円となり、たとえ印税が12%だとしても電子版のほうがはるかに高収益となる。

ただ、注意したいのは『歌うクジラ』は文芸雑誌『群像(講談社)』の連載をまとめたものだということ。つまり編集済みである。しかし村上氏の場合、

わたしは、これまでのすべての作品を自分で書き上げました。出版社および編集者は、多くの作品を書くきっかけを提供したということです。ただし、その心情的「恩義」を、そのまま電子化における版元への配分に反映させることは、不可能です。

といっているので、作品を書き上げるうえでは編集者は必要なかったということなのだろうか。上記の売上配分も「プログラミングの委託実費」ということなので人件費は含まれていない。編集費は計上されていない。となると今後の電子版はどうなるのだろうか? 編集者が必要ない著者だけの作品を発行していくのだろうか? 疑問は尽きないが、まずは新しいプレイヤーの登場を歓迎したい。