就職難の「ボトルネック」はどこか ―解雇規制か教育問題か― 赤沢良太

2011年01月04日 05:51

解雇規制が就職難の原因という論考が多い中ので、今回は、教育問題から焦点を当ててみたいと思う。日本の教育は、良くも悪くもひじょうに画一的で、子どもの特製に関係や好みに関係なく、同じ内容で、同じ方法によって行われ続けてきた。そうした教育がうまく機能していた時代もあった。社会的体験や遊びの体験がまだ豊富で、社会的スキルを養う機会がふんだんにあった時代はそれでもうまく行っていたのかもしれない。


学校では、「五教科」主義によるペーパーテストでしか「実力」が発揮できない、砂上の楼閣の学力を養ってはいないだろうか。もちろん、ペーパーテストの能力は、各種資格試験でも存分に生かされる。ただし、資格を取っただけで生きていけるような業種は現在、限りなく少なくなっている。

そもそも大学生が多すぎることが問題だ。しかし、その日本の大学という制度の生立ちを思えば、「有用な官僚になるためにできた機関」であって、そこを頂点にして、大学教育、その下に連なる中等、初等教育に影響を及ぼしてきた。その大学が子どもたちに授けられる知識は、万遍ない知識や専門分野に関する知識、論述という「五教科」ペーパー試験型の登用制度で生かされる能力である。

つまり、高等文官採用試験を前提とした「五教科」主義は、現在のように半数の子どもが大学に通う時代に、そぐわなくなっているのは自明の理であろう。子どもの個性によって、総合型の知識か、専門的な手を動かすような技能か、を早い段階で選択できる仕組みに移行しなくてはならなかったと思う。

私見としては、教育改革の失敗は、「ゆとり」教育ではなく、みんながみんな大学を目指す、つまり、普通高校に比べ、職業高校や専門学校が格下に見られるような意識を払拭できなかったことではないだろうか。北欧やオランダなど教育改革がうまくいっている国々では、自分の個性に合わせて、総合制か職業制かという選択が、かなり若い時期に訪れる。もちろん、途中からコースの変更も可能だ。

現在の就職難の原因は、「大学生が多すぎる」ことが原因であろう。が、なぜ「使えない」大学生が増えすぎてしまったのか、その根本的な原因を考えなければ、日本の就職アンバランスは克服できないのではと、再び思う次第である。
(赤沢良太 一級建築士)

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