政策のあり方 北海道の森林の外国人所有

2011年01月14日 00:02

北海道の森林の外国人所有が問題になっている。

ニセコなどのスキー場への投資は、オセアニアなどが多かったことから、ポジティブなイメージで語られていたが、ここに来て、森林の水資源を狙った中国系の投資家が殺到していることがわかると、国家の危機として語られるようになった。

間違っている。

これでは、中国系の人々が言うように人種差別になってしまう。

問題は保有する人の国籍ではない。新しい保有者が何をするかである。


欧米人がスキー場を買ったときには恐怖感がなく、中国系の人々が森林を買ったときに危機感が生じるのはなぜか。

それは国籍の問題ではない。さらにいえば、外国人という問題ではない。日本人であろうと誰であろうと同じで、新しい所有者が、社会に対してマイナスのことを行うかどうか、という問題なのである。

土地と言うのは常に公共財である。なぜなら隣地への影響は直接的にも大きいし、地域の自然環境、社会環境への影響が大きいのだ。たとえば、近くに病院や学校がある場合には風俗店やラブホテルを出店できないことはナニワ金融道でも有名であるが、同じことである。

この場合に、暴力団の所有を禁止するというのがひとつの方法だが、本当に事がそれですむかと言うとそうではない。別の人が名義貸しをするからということではない。風俗店やラブホテルを経営しているのは、普通は、暴力団ではないということであり、もっというと、ごく普通の人が、利益が上がるという観点で多くのビジネスモデルの選択肢の中からそれを選んでいる、と言うだけのことだ。

だから、ラブホテルと風俗店が嫌ならば、それを禁止すればよいのだ。実際の規制もそうなっており、営業してはいけないエリアを決めているのだ。

森林も同じ問題で、中国人が保有することに問題があるのではなく、自然環境を破壊する恐れのある人が所有することに問題があるのだ。

これを防止するための考え方は二つ。ひとつは、所有者により環境破壊をするかどうかを判断し、破壊をする恐れのある所有者は保有できないことにする。もうひとつは、環境破壊をした場合に厳しく罰するということだ。

理論的には後者が最適だ。経済学の定理のひとつ(政策割り当てに関するもの)に、規制したいものはそれに対して直接規制すべき、というものがある。たとえば、貿易では、国内の雇用を守りたければ、価格規制(関税)ではなく、国内生産量を確保するために、輸入量の規制をするべきだ、ということになるが、ここでは、水資源の破壊を防止したいのなら、その恐れのある行為をすべて禁止し、違反すれば厳罰に処すということだ。森林への投資は経済的利益を狙ったものだから、刑事罰ではなく、高い課徴金を課すべきで、そして、実際に重要なのは、取り締まり、すなわち、この規制の運営にコストをかけることだ。

たとえば、井戸を掘るには常に監督庁の許可が必要で、その量も制限される。海底油田を勝手に掘ってはいけないのと同じだ。その場合に、この許可のプロセスが外形標準でできないこと、およびルールの遵守を監督することが難しいから、役人は、このような方式は嫌がるだろう。

これは役人だけではなく、一般の人も同じ発想で、恣意的な判断は不可能で、外形標準でやらないと不公平という意識がある。その結果、所有者の国籍で判断しようということが違和感が相対的になくなり、なんとなくこの方式が受け入れられてしまう。

ニセコのオーストラリア人が良くて、千歳空港の中国人が駄目だという雰囲気になるには、確かに理由もあって、前者は環境破壊をあえて好む投資ではなく、後者は明らかに環境を破壊することによって利益を上げようとしているからだ。

そして、一般に外国人を排斥しようとするのは、よそ者を嫌うと言うことであるが、この感情にも理由があり、それは外から入ってきたり、根無し草であったりする人々は、その社会に対する愛着が低く、その社会を破壊することによるメンタルコストが低いということを察知しているからだ。

しかし、逆に言うと、その土地の人でも土地を愛していなければ、その社会を破壊することは有り、むしろ、その社会でライバルに負けて恨みを持っている場合には、最も強い怨念を持って社会を壊す可能性がある。これは、会社でも同じで、一族内部の争いになったときに、会社はもっとも過激な争いとなる。

だから、千歳空港の隣の土地は安全保障上重要でテロの恐れがあるから外国人には所有させない、と言う主張があるが、これは間違いで、日本人でもテロのリスクはあるので、テロを起こさせないように、そのエリアは、警察などによる立ち入り調査を頻繁に行うようにするだけのことで、その調査の自由度がほかの地域に比べて高くなるようにしておくことが政策対応となるはずだ。

したがって、問題は、個別の事象はそもそも客観的に判断ができないというあまりに慎重なスタンスを改めることにあるのであり、規制すべきものを直接禁止するという政策にシフトしていくための社会と政策決定プロセスのデザインを新たに考えることが最も重要となる。

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