嗚呼お前もか! ― 韓国の国策ノーベル賞受賞対策

北村 隆司

新聞報道によると、韓国教育科学技術省が中心になって「ノーベル賞受賞者の輩出を目指し、同国内の大学院博士課程に入る成績優秀な韓国籍学生300人に、2年間で約440万円ずつ支援する『グローバル博士フェローシップ』事業を始める」と言う。


これは、韓国のノーベル賞受賞者が平和賞の受賞者一名のみで、日本の計18人に大きく後れを取っており、韓国民の悲願である自然科学3賞(生理学・医学、物理学、化学)受賞に向けた国を挙げての支援策である。

どこかで聞いた馬鹿げたアイデアだと思ったら、日本の文科省が第2期科学技術基本計画で採用した「50年間で30人程度のノーベル賞受賞者」という数値目標を入れた政策に似ている。当時でも見識がないとか、国として賞を取りにいくものではないのではないかという批判が多かったが、幾らIQ の低さで名高い文科省官僚でも、真面目に考えた政策と言うより、ノーベル賞の権威を悪用した予算分捕り戦術だったと思いたい。

昨年の総合科学技術会議の基本政策専門調査会では「余りにも品のない目標を掲げるべきではない」との強い反対があり「50年間にノーベル賞受賞者30人輩出」の目標は盛り込まない事になったが、そもそも文科省の役人が、ノーベル賞の受賞者を増やすなどとんでもない事で、文科省があるから日本のノーベル賞受賞者が18人に留まって居ると言う方が正確であろう。

研究や勉学に資金が掛かる事は言うまでも無い。然し、優れた研究には、資金よりも個々の研究者や指導者の資質と研究環境が決めてになっている例が多い。世界的なレベルの研究者と研究テーマに金を出す国や研究機関は山ほどあるが、有能な指導者や環境は金では買えない。

問題は、官僚は金を出した後に事細かく口を出す事である。私は、頻繁かつ不合理な報告書の要求に嫌気がさして、米国に研究拠点を移した学者を何人も知って居る。

官僚制度による束縛が、世の中の進歩を妨げた典型的な例としては中国の科挙制度がある。6世紀に科挙が導入されるまでの中国は、世界の富の30%以上を押さえた超大国であったが、2、000倍を超えるといわれた科挙試験に合格した官僚に、大幅な権限を与えた途端、官僚の繁栄と中国の没落が始まった。

科挙が引き起こした問題は経済発展の阻害だけではない。製紙、コンパス、火薬そして印刷など、世界文明の発展に欠く事の出来ない大発明を世界に齎した中国は、その後は文明の発展に貢献する事がめっきり減ってしまった。科挙制度による永い統制社会の弊害は現代にも及び,中国人の血を引く自然科学分野でのノーベル賞授賞者は、全て米国籍の研究者である。

この現象は中国に限らない。アラブ系の自然科学分野のノーベル賞受賞者は全てキリスト教徒で、戒律に縛られ自由な発想を持ち難い回教徒の授賞者はインド、パキスタン系には数人見られるが、アラブ系回教徒はゼロだと言う調査報告もある。

三大文明の発祥地として人類に貢献した地域の人々の子孫が、官僚制度、階級制度、宗教制度などによる強い束縛の始まりと共に経済的にも文化的にも低迷を続けたことは、統制に慣れっこになっている日本人も肝に銘ずるべきである。余計なお世話だが、韓国も早急に官僚の科学文化への干渉を排する事が、ノーベル賞受賞者を増やす秘訣だと気がついて欲しい。

韓国と日本の共通問題は、お上が「優秀さ」を決める事にあり、これではアインシュタイン博士や映画「ビューテイフル・マインド」で有名になったジョン・ナッシュ教授などの天才も、ノーベル賞はおろか、大学入学も困難であったに違いない。

日本と並ぶ官僚天国の韓国だけあって、官僚の馬鹿さ加減もそっくりで、日本が恥ずかしくなって止めた「官製ノーベル賞対策」と言う愚策を、一周遅れで実行する様では、韓国の悲願の達成は無理であろう。

コメント

  1. bobbob1978 より:

    理論系の優秀な科学者は20代の頃から偉才を放っていますが、20代の実験系の科学者で誰が有能かを見抜くのは非常に難しいと言わざるを得ません。革新的な研究を行うためには多くの失敗を繰り返す必要があり時間がかかります。当然論文の数など稼げませんし、評価されるまでも時間がかかることが多々あります。論文の数で評価するという手もあるにはありますが、論文の数を稼ぐだけなら既に確立された手法を用いてまだ誰も手を付けていない対象を研究するだけでも稼げてしまうのです。そしてそのような論文はカタログ的な価値はあっても科学的革新性という点ではあまり価値のないものであることが多い。
    ですので、若手研究者に投資するのであれば、「優秀な学生に重点的に投資する」のではなく「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」方式で投資する方がいいでしょう。このような提案に対しては、「人ばかり増やしても実験装置がなかれば実験は出来ない」という意見もあると思います。しかし、実感としては、購入したはいいもののあまり使われずに埋もれている装置が大学や研究所にたくさんあります。現在は教授間のコネなどがないとそれらを貸し借りするのことは難しく、効率的に利用出来ているとは思えません。それらの設備や装置をデータベースなどに登録し、コネがなくても効率的に貸し借り出来るシステムを構築すれば今以上に設備を増やさなくても人を増やすことが可能でしょう。

  2. souchoukan より:

    まず科挙が徒労な試験であり、武官や理科系軽視の風潮を生んだことは認めますが、進士が支配層になったから没落が始まったというのは論理飛躍ですね。これだけ昔の富の分布は、今日の状況とはあまりに違います。単純比較はできません。科挙制度が世襲の弊害をある程度緩和できた事実もあります。ある程度というのは、進士までいくには富裕層でないと困難なためです。私は東大文系で研究室に残りましたが、理論系で勝負できた人は、東大入試くらい余裕でこなしている人が目に付きました。歴史とか実験系は、運鈍根の要素も大きいですが。悲しいかな、理論系で勝負するには、それくらいの頭がないと多くの批判に耐えられる斬新な学説やモデルを出すことは難しいです。結局、そのような別格の頭脳を巡る世界的争奪戦が始まっているのです。日本では、そのクラスの多くは東大と京大が寡占してきました。しかし、世界的には米国の大学に集まってきています。

  3. minourat より:

    米国にも同様なNSFの奨学金制度があり各年2000人ほどの大学院進学者に各年4万ドルほど3年間にわたって支給されます。 

    名目はどうあれ優秀な学生が勉学に集中できるのはよいことだとおもいます。 韓国もがんばってここまできたということです。