大事なことがいい加減に決まる?・・・日経社説のヘンな理屈

2011年01月22日 20:34

 1月13日付日本経済新聞の社説は「食糧自給率 本当のところは?」と題し、以下のように述べています。

「TPPへの参加を巡る議論で、農業関係団体などの慎重派は食料自給率の低下を根拠の一つに挙げる。農産物の供給をこれ以上外国に頼れば、世界的な凶作などのときに危ない、と。しかし自給率の指標をつぶさに見ると、そうした主張にも疑問符がつく」

として、食糧安全保障を危惧する議論に対し、生産額ベースの食糧自給率を論拠に、以下のように反論しています。


「農林水産省が昨夏発表した2009年度の食料自給率は40%と、08年度より1ポイント低下した。だがこれは供給カロリー(熱量)に基づく数字だ。生産額の自給率で見ると風景は全く異なる。輸入も含めた国内総供給額に対する国内生産額の比率は70%と、08年度比で5ポイント上昇した。
政府の食料・農業・農村基本計画は20年度の自給率目標を熱量で50%、生産額で70%に置く。計画を決めた10年3月には、生産額の目標はすでに達成していたことになる」

 まず疑問に感じるのは食料安全保障に於いて、生産額ベースの食糧自給率がどれほどの意味を持つかということです。飢えないためには1人平均2000kcal程度のカロリーが必要とされます。高級食材の金額で腹が膨れるわけではありません。食料危機の場合、重要なのはカロリーベースでの自給量だと思われるのですが、金額ベースの自給率に意味があるとする説明がなく、文意が理解できません。

 もうひとつの問題は社説の説明には数量的な視点が欠けていることです。食料安全保障は軍事的安全保障と並ぶ最重要の問題であり、どのようなレベルの危機の可能性があるか、その場合にどんな対応が可能か、などをできる限り数量を含めて予測することが必要だと思われます。おおよそのシミュレーションしかできないとしても。

 社説は「ただし食料輸出国の干ばつなどで輸入が極端に細る非常時には、食のぜいたくをあきらめざるを得ない。その場合は完全自給でき、政府備蓄や民間在庫も多いコメなどで、生存に必要な栄養をかなりの程度まかなえる」と楽観的に述べています。

「食のぜいたくをあきらめれば完全自給できる」と述べる一方、「かなりの程度まかなえる」という表現は理解に苦しみます。完全自給なら十分まかなえると理解するのが普通だからです。コメの政府備蓄は100万トン程度とされ、これは1ヶ月余りで消費される量であり、民間在庫は季節によって変わるのでいつも当てにできるわけではありません。

 数値抜きで都合のよい条件を並べ、カロリー充足率や備蓄で賄える期間を示さず、「生存に必要な栄養をかなりの程度まかなえる」という説明は抽象的にすぎ、十分なものとは思えません。あまり重要でない問題ならこれでもよいでしょうが、食料供給は生存にかかわることであり、「そのうち何とかなるだろう」式の楽観論ではちょっと困るわけです。

 戦後、非武装中立論が大きい力を持ちました。それが有効な議論であるためには他国の脅威はあり得ない、あるいは脅威があっても問題はないという論証が必要でが、残念ながらそれを聞いたことはありません。それと同様、この問題の議論では食料輸入が途絶する可能性、そうなった場合の具体的な対応策を示す必要があると思われます。

 日本のカロリーベースの食料自給率は最低クラスですが、先進国の多くは輸出補助金や所得保障、価格支持などにより農業保護政策をとり、高い自給率を維持しています。経済合理性から言えば安い輸入品で代替するのが得策ですが、そうしない主な理由は食料安全保障にあると考えられます。

 また世界の食料供給の余力は減少傾向にあり、その一方、近年の気候変動の巾は拡大傾向にあるといわれています。国連食糧農業機関の02~04年を100とする食料価格指数は昨年12月には214.7になったそうです。これは食料の需要増と天候不順を反映したものといわれています。2倍というのは大変な問題ですが、なぜかあまり報道されません。

 世界の食料需給が厳しくなると予想されるなかで、またこれら先進国の政策から外れる形で、日本だけはカロリーベースの自給率が低くても問題ないというのであれば、その根拠を明確に示す必要があります。

 私はTPPへの参加に反対しているわけではありません。実のところ意見を持てるほどの知識がありません。しかし、影響力の大きい新聞が十分な根拠を示さずに重要な問題を方向づけようとするやり方には危惧を感じます。

 本来、緻密な見通しの上で判断されるべきことが、声ばかり大きいマスコミの、わかりやすいけれど不適切な論調に流されて判断されることの危険性を感じます。「平成の開国」などという単純なイメージによって判断されることも同様です。重要なことが合理的に決められず、大きな失敗につながった類例は過去にもあります。

 猪瀬直樹氏の「昭和16年夏の敗戦」によると、日米開戦直前の夏、総力戦研究所に集められたエリートたちがシミュレーションを重ねて出した結論は日本の敗戦でしたが、それが政策決定に使われることはありませんでした(皮肉にも実際の戦況は彼らの予測にほぼ沿った形で進んだそうです)。

 開戦を方向づけたのは軍部の意思もあったでしょうが、社会の空気といったものが大きく影響したと思われます。新聞はその空気の醸成に決定的な役割を果たしました。

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