電波オークションの導入について (1/3) - 鬼木 甫

寄稿

2010年秋から冬にかけて、政府は電波の新規割当に「オークション導入」の方針を決定した。原口一博前総務大臣のイニシアティブで設けられた「タスクフォース」〔注1〕が12月14日にとりまとめを発表し、その中で電波について下記の2項目が定められた〔注2〕

「光の道」構想に関する基本方針」(抄)

1④ ワイヤレスブロードバンド事業者による既存の周波数利用者の移行コストの負担に関し、オークションの考え方を取り入れた制度を創設するため、関係法律の改正案を次期通常国会に提出する。【電波法の一部改正】(以下本稿において「項目前段」と省略)

1⑤ 第4世代移動通信システムなど新たな無線システムに関しては、諸外国で実施されているオークションの導入についても、早急に検討の場を設けて議論を進める(新無線システム移行までに関係法律の改正が間に合うように結論を得る)。(以下本稿において「項目後段」と省略)

項目後段の文言では、第4世代(4G)すなわち現在から数年後の導入が予定されている移動通信について電波オークション導入の方針が示されており、かねてからその必要を提唱してきた筆者としては喜ぶべき結論である。これに対し項目前段は、ワイヤレスブロードバンド事業、すなわち現在導入中のLTE(3.9G)およびWiMAX移動通信を対象としているが、専門家が見ても不明・不正確な記述になっている。この点およびワイヤレスブロードバンド事業への周波数帯割当については改めて続稿で議論したい。まず電波オークションの導入に関する政治分野の動きについて、これまでの経過を振り返っておこう。


民主党による政治主導

今回上記のようにオークション導入の方針が決まった過程では、民主党政権による「政治主導」が働いた。オークション導入の提案は、2009年の総選挙前に民主党が発表した「政策集INDEX2009」に述べられている〔注3〕。しかしながら民主党のオークション提案はこれが初めてではない。2004年の通常国会で民主党は衆議院に「電波オークションの導入と日本版FCCの開設」を目的とする法案を提出し、総務委員会と本会議で審議された〔注4〕。法案の説明・討論は、民主党の武正公一議員(当時総務委員)が担当した。もとより当時は自民党が多数派を占めていたので、これらの議案は否決に終わったが、この経過が2009年の政策INDEXの先駆けになったと考えられる。

2009年夏に民主党が政権を獲得して以来、電波オークションや日本版FCCの導入をめぐって議論が交わされたことは読者の記憶に新しいと思う。その後2010年4月に設けられた「電波利用料制度に関する専門調査委員会」において電波オークションの導入が検討された。電波利用料の改定と関連して委員の一部がオークションの検討を主張したが、必ずしも多数意見にはならなかった模様である。しかしながら2010年8月末にとりまとめられた同委員会報告では、電波利用料改定に関する結論と並んで、「オークションの導入について本格的な議論を行い、その必要性・合理性をオークション導入の目的・効果に照らして検証し、国民に示していくべき」という文言が盛り込まれた〔注5〕。この間の経緯について筆者は、同委員会に出席した内藤正光副大臣(当時)のリーダーシップ、つまり政治主導が作用したと理解している。

次に2010年春から内閣府行政刷新会議下の「規制・制度改革に関する分科会」が「電波管理に関する規制改革・再検討」を開始した。その結果同年9月の民主党代表選挙の直前に、同分科会担当の内閣府大塚耕平副大臣と総務省の内藤副大臣が協議し、両省庁が下記に合意した〔注6〕

規定の改革の実施時期を前倒しする事項(抄)
 番号: 35
 事項名: 電波の有効利用のための制度の見直し
 規制改革の概要: 
(1) 割り当て済みの電波について、より必要性の高い用途に利用できるよう、既存の利用者を他の周波数へ速やかに移行させ、迅速かつ円滑に周波数を再編するための方策について平成22年度に検討、結論を得、平成23年度に措置する。
(2)再編に要するコストについて、再編後の周波数を新たに利用する者が、市場原理を活用して負担する等、オークション制度の考え方も取り入れた措置について平成22年度に検討、結論を得、平成23年度に措置する。
 実施時期: 平成22年度検討・結論、平成23年度措置
 所轄官庁: 総務省

この合意が9月10日の閣議決定に下記文言として取り入れられている〔注7〕

『新成長戦略実現に向けた3段構えの経済対策』について」(抄)
電波の有効利用のため、周波数再編に要するコスト負担についてオークション制度の考え方も取り入れる等、迅速かつ円滑に周波数を再編するための措置を平成23年度中に講じる〔注8〕

他方で2010年末に向けてとりまとめを急いでいた「タスクフォース」においても電波オークション導入が検討され、そのためのワーキンググループも設けられた。同タスクフォースのヒアリングで意見を求められた通信事業者は、(当然ながら)ほとんどすべてオークション導入に反対意見を開陳しており、またタスクフォース内でもオークション導入には賛否両論があった模様である。しかしながら2010年12月14日のタスクフォース最終会合が片山善博総務大臣(9月に原口大臣と交代)、平岡秀夫副大臣(同じく内藤副大臣と交代)、森田高政政務官出席のもとに開かれ、その席で冒頭に述べた「『光の道』構想に関する基本方針」が合意された〔注9〕。このうち項目前段の文言は9月4日の閣議決定内容をほぼ受け継いでいるが、同後段は新たに付け加えられたものである。

タスクフォースの最終会合に至ってこれらの方針が決定されたことについても、総務大臣等政務三役のリーダーシップ、すなわち民主党政権による政治主導が強く働いたものと考えられる。

海外の状況――日本はすでにトラック2周遅れている

ここで海外における電波オークション導入の状況を説明しておこう。読者は海外のオークションについてすでに何度か聞かれていると思うが、以下の説明には愕然とされるのではないだろうか。

筆者が2009年夏にインターネット上の資料から調べた結果によれば、先進国の大多数がすでに電波オークションを導入しており、また中進国や新興国でも多数の国が導入に踏み切っている〔注10〕。2010年末の時点で、OECD加盟30国のうち25国がオークション導入済か、あるいは導入を決定(法律を制定)して実施方式を検討中である。OECD加盟国のうち大国としては日本だけがオークション未導入で残っており、他はアイスランド、アイルランドなど小国で計5国にすぎない。次にOECD非加盟国、すなわち先進国以外の中進国や新興国でもすでに25国がオークション導入済である。アジアでは隣国の韓国・台湾をはじめ、香港、シンガポール、マレーシアはもとよりタイ、フィリピン、インド、インドネシアも実施国グループに入っている。アジアの主な未実施国は、日本の他に中国、モンゴル、ベトナム、パキスタン、バングラデシュ等である。

オークションは主に3G携帯電話のスタート時に導入されており(米国は2GのPCS移動電話から)、この他に一部の国でWiMAX、放送目的で導入されている。もとより世界全体では200余りの国があり、国の数だけで見ればオークション導入はまだその1/4に過ぎないと言うこともできる。しかしながらほとんどすべての先進国、つまりOECD加盟国の大多数が導入に踏み切っている点を見逃すことはできない。

また、一旦電波オークションを導入した後に法律を再改正するなどの方法でオークションをとりやめた国は皆無である。(もしそのような国があればこの分野のビッグニュースであるから広く報道され、筆者の目にも留まったはずである。)

このように電波オークションの導入は世界の大勢になっており、日本は流れに取り残された状態にある。日本は2Gと3Gですでにトラック2周分遅れており、もしLTE/3.9Gでも足踏みして4Gからのスタートになれば、トラック3周遅れのハンディを負うことになる。

オークション導入の是非に関する議論はもとより重要であろうが、海外先進国ではすでに議論を終わって実行に移っていることに注目してほしい。(電波オークションのメリット等について国内で引用される海外文献は、大部分2000年前後の日付になっている。)これまで海外の情勢がマスコミ等によってほとんど報道されず、国民が世界の大勢を知らない状態で数年を経過していた事態も問題であろう。(その理由等については改めて議論したい。)

この結果から、まずは理屈抜きに「日本でも電波オークション導入について今すぐ真剣な検討を始めなければならない。」と結論できるのではないか。(続く)

(大阪大学名誉教授 (株)情報経済研究所)

続稿予定項目
 オークションのメリット――競争による産業の活性化と国民共有の電波資源管理の合理化/700/900MHz帯域のオークションの必要と可能性/今後の方向

注:

  1. 正式名は「グローバル時代におけるICT政策に関するタスクフォース『政策決定プラットフォーム』」。
  2. 同上、「『光の道』構想に関する基本方針」、2010年12月14日。
  3. 民主党「政策INDEX2009」、2009年
  4. 第159回通常国会(2004年)衆議院提出議案「電波法及び有線電気通信法の一部を改正する法律案(武正公一君外四名提出)」、衆法21、2004年3月31日提出、同4月13日総務委員会否決、同4月16日本会議否決。総務委員会議事録:第159常会第13号(2004年4月13日)。本会議議事録:第59常会第24号(2004年4月16日)。総務委員会では、オークションの内容や意義についてもかなりの時間をかけて検討されている。なお上記資料は「衆議院ホームページ」から参照できる。
  5. 電波利用料制度に関する専門調査会、「次期電波利用料の見直しに関する基本方針」、2010年8月30日
  6. 新成長戦略実現に向けた3段構えの経済対策〔閣議決定〕、別表1、p.25、なお本件については下記も参照されたい。「電波再編加速へ競売制度導入、政府方針」日本経済新聞、2010年9月4日、および、山根小雪「できた!政治主導で規制改革」日経ビジネス、2010年9月20日、pp.150-151。
  7. 『新成長戦略実現に向けた3段構えの経済対策』平成22年9月10日閣議決定、III. 緊急的な対応の具体策、5. 日本を元気にする規制改革100、p.22。
  8. 内閣府行政刷新会議公表資料(平成22年度)、「日本を元気にする規制改革100」(平成22年9月10日閣議決定)より抜粋したもの等)。なお同閣議決定の全文のうち、電波オークション導入についてはpp.22, 30に述べられている。
  9. 総務省、「グローバル時代におけるICT政策に関するタスクフォース『政策決定プラットフォーム』(第4回会合)「配付資料・会合中継・議事録」
  10. 詳しくは、「海外におけるオークション導入状況」、(株)情報経済研究所、2011年1月24日を参照されたい。