年金の現状分析

2011年01月31日 18:35

菅首相のブログに「…持続可能で安心できる社会保障制度をどのように実現するか。国民全体で真剣に、今すぐ、政策の中身を論じ合おうではないか」(1/25)とある。指導者としてのビジョンの欠落はさておき、社会保障制度が喫緊の課題というのはその通りである。

そこで、社会保障費の中でも最も支出額の大きい年金の現状分析をしたい。年金制度は複雑怪奇で専門家でもない私の手に余ることは承知しているが、一般国民が疑問に思うことをシェアさせていただくことに意義はあろうと考える。間違っている箇所はどうかご指摘願いたい。


1.厚生労働省の検証

現在の年金制度は2004年法改正に立脚し、ときの厚生労働大臣が「100年安心プラン」と豪語し話題となった。本制度は5年ごとに「テスト」することになっており前回の検証(2009年)ではもちろんこのテストをパスしている(平成21年財政検証結果)。

年金(厚生年金を想定)の健全性は「所得代替率」で判断される。この指標をご存知の方は多くないだろうが現役世代の平均手取り賃金(男子)と年金額(夫婦二人)の比率である。日本の男子平均所得は大体500万円強なので月の手取りを40万円と仮定すると、代替率が50%のときに夫婦で受け取れるのは20万円である。試算では「2043年以降に47.1%で安定」とある。確かに「現役世代の手取りの半分もらえるならなんとかやっていける」という気もしないではない。

しかし、問題は計算の前提である。

2.将来推計人口

過去の厚生労働省の試算が修正に修正を重ねたのは常に「出生率が急回復する」という仮定を置いたためである。今回の合計特殊出生率は2005年の実績(1.26)を使っており、この点は妥当と思われる。

3.労働力率の前提

次にどれだけの人が将来働くかという前提は以下の通りである。

(独)労働政策研究・研修機構「労働力需給の推計(平成20年3月)」における「労働市場への参加が進むケース」に準拠して設定。

ケース C (若者、女性、高齢者等の方の労働市場への参入が進むケース)
① 保育所幼稚園在所児童比率がケース B に比べ 2 倍の伸びとなる。
② 短時間勤務制度など普及により継続就業率が向上する。
③ 男性の家事分担割合が上昇する。
④ 短時間雇用者比率が高まり、平均労働時間も短縮する。
⑤ 男女間賃金格差が 2030 年までに解消する

現在の常識からすると楽観的すぎるシナリオに思われる。この推計にはその他のシナリオもあり、ケース A「性、年齢別の労働力率が現在(2006 年)と同じ水準で推移する」と、ケース B「若者、女性、高齢者等の方の労働市場への参入が一定程度進む」がある。保守的に考えれば出生率同様にケースAを使うべきだろう。

4.経済成長の前提

マクロ経済の前提は以下の通りである。

物価上昇率を1.0%
賃金上昇率を2.5%
運用利回りを4.1%

厚生労働省によれば、2000~09年の運用利回りは1.77%、賃金上昇率は-0.72%であり、なんとマイナス。物価上昇率(消費者物価指数)はこの間-1.9%で推移している。

率直に言って、過去実績の2倍以上の利回りが数十年間にわたって継続するという話は信じられない。確かに厚生労働省の言うように外国株式などを組み合わせれば運用利回りは改善するだろう。しかし同時に運用/為替リスクを抱え込むことになる。年金資産という性質上、今後も国内公社債を中心とした安全運用が基本となるだろうし、そうすべきである。

5.その他の前提

国民年金の納付率が80%までに改善するとしているが納付率は順調(?)に低下し、2009年で60%をきった。近年の不況で免除者が増加しているにも関わらずこのありさまであるから、今後劇的な改善を期待するのは無理である。

6.結論

長期推計は非常に難しく、結果についても幅をもってみることが必要だ。「状況が改善する」と仮定することも別にかまわない。しかし、ほとんどの基本前提が実績からプラス方向に乖離している推計が信頼できるだろうか。例えばベース推計は実績数字を使い、そこから楽観的/悲観的なケースをつくるのが誠実なやり方だと思うが、いかがだろうか。

なお、この試算では最悪代替率は43.1%(2048年)まで低下するが、この数字がさらに悪化しても何ら不思議ではない。仮に代替率が40%を下回った場合、平均手取りを40万円とすれば年金は16万円以下になり、都市部で夫婦二人だと生きていくだけで精一杯だ。

7.分析を終えて

読者諸氏の中にはこの結果に「ふざけるな!」と憤られた方もいるだろうし、その怒りは正当である。第三代米国大統領トマス・ジェファーソンがいったように「情報は民主主義の通貨」だ。正確な情報なくしてどうして判断できようか。

しかし、甘いと言われるだろうが、サラリーマン経験のある身としては厚生労働省の役人達に一抹の同情を禁じえない。大臣が「100年安心」と大見得をきった制度をまさか5年でやっぱりダメですと言うわけにはいかないだろう。組織や上司の圧力の中でなんとか数字を良く見せようと空しい深夜残業を続ける姿が想像できる。

スジ論から言えば、責任を負うのは制度をつくった当時の政治家達だ。しかし政治家こそしがらみのなかで生きている。心の中で「おかしい」と思っても関連団体を慮り、先輩議員の面子をつぶさないために口をつぐんでいるというのが現実ではないだろうか。つまるところ、彼らに欠けているのは何よりも現実を直視し警鐘を鳴らす勇気である。

最後に社会保障制度は抜本的な見直しが必要だということを改めて強調したい。幸いにして年金改革案を積極的に提案している国会議員もいる。インターネットという低コストで情報収集/発信できるツールもある。年金は我々自身の問題であり、現状では世論の圧力以外に変化を促す手段はなさそうだ。読者諸氏にもTwitterやブログでこの問題を取り上げていただくことをお願いし、論考を締めくくりたい。

根津修二 ロンドンビジネススクールMBAブログラム在籍 twitter: @snezu)

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