ダボス会議体験記 (4)

岩瀬 大輔

Day 2(2011年1月26日):ダボス会議初日

本会議の初日である1月26日。ルームメイトの Calvin と Erik はそれぞれ招待を受けていた朝食会に参加するために、7時過ぎにアパートを発っていた。僕は9時からのプログラムに間に合うよう、8時半頃、出発した。今回のために買った長靴を履き、革靴を入れた袋を手に持ち。

ダボス市内を巡回するシャトルバス(というより、後ろに5人が乗れる小さなバンだが)乗り場に向かうと、すぐに目の前に World Economic Forum の印をつけた車が通ったので、手を上げて車を止めた。中に乗り込むと、二人の中国人男性が乗っていた。

「Good morning」

にこやかに挨拶すると、中国の太陽発電の会社の会長と、通訳の秘書とのことだった。


少しするとバス乗り場から、インド人のYGL仲間が乗ってきた。同乗している中国人客に挨拶をしたと思いきや、彼らの名札を見てこのように切り出した。

「私は長らくGEで働いていましたが、私のボスが貴社とは色々とお仕事をご一緒させて頂いたと思います。数年前、私はインドで太陽発電の会社を創業しました。今回ダボスで会いたいと思っていた5人の中に、貴方の名前が入っています。よかったら、会場についてから少しお話をさせて頂けませんか?」

このように、偶然バスで乗り合わせた人たち同士で商談が始まる。それが、ダボスなのである。

豊富なメニューからセッションを選ぶ

会場に着くと、9時からスタートするセッションは8つもあった。いずれも興味を惹くテーマであり、どれに出るか迷う。

3: Insights on China
4: Connectedness: An Update
5: Defining Shared Norms
6: The Energy Agenda in 2011
7: The Environment Agenda in 2011
8: The International Financial System: Back on Track?
9: Global Risk Update
10: What Is the New Economic Reality?

悩んだあげく、今回5人の共同議長の一人である三菱商事の小島会長がパネリストを務める “The Energy Agenda in 2011” に出てみることにした。他のパネリストはサウジアラビア、ロシア、米GE、仏Totalなど世界を代表する資源会社のCEOだった。

印象的だったのは、小島会長が電気自動車のようなクリーンエネルギーや、ライフスタイルやマインドを変えないとエネルギー消費の効率性は高まらないと主張したのに対し、他の参加者たちは「予測によると2020年でも電気自動車のシェアは最大3%に過ぎない」と一蹴し、石炭、天然ガス、再生エネルギー、水力発電などについて議論を進めていたことである。

少し早く退席し、10時からYGLのメンバーでG20の主催国である仏政府に対して提出する提言について議論する。これは昨年、「YGLパリ・イニシアティブ」として立ち上げられたものだが、約40名のYGLが1泊2日でパリを訪れ、サルコジ大統領に対して2011年のG20で議論すべきテーマ等について提言をするというプロジェクト。僕も一員として、2泊4日の強行スケジュールでパリを訪れていた。

「僕らは金融財政の専門家というよりも、次世代を代表する若手としての意見を期待されているのだから、官僚が言及しないようなテクノロジーや途上国支援などに絡めた提言をすべきではないか」

そのように言ってみたが、自信満々のYGL仲間は聞く耳を持たない。途中からもういいやと思い、退席して次のセッションへ向かった。遺伝子工学などの最先端の議論について論じる”Personalized Medicine”に参加しようと思っていたのだが、10時50分に行ったらすでに満席とのこと。あきらめて、前日の出来事をブログに書く時間とすることにした。

“Music for Social Change”

立食ビュッフェのお昼を挟んで(ちなみにこれは長蛇の列をなしていた上に、ちとも美味しくなかった)、午後のセッションへ。先に述べたように、ダボスでは同時に8つ以上のセッションが行われているため、楽しみ方は多種多様である。僕はというと、経済金融関係のセミナーはあとからYoutubeで見れるものが少なくないし、新聞でもカバーされるだろうと思い、むしろ普段は興味を示さないようなテーマのものに参加しようと決めていた。

午後一番、13時半から14時45分のセッションは、以下の中からの選択だった。

23: Insights on Africa
24: The War against Corruption
25: New Norms for Corporations
26: The Resilient Recovery: An Update
27: Insights on the Middle East and North Africa
28: Music for Social Change
29: Preparing for New Realities
30: The Science Agenda in 2011
31: The Security Agenda in 2011

ここはあえて、”Music for Social Change”という少し変わったパネルディスカッションに参加することにした。参加者は女性が9割以上で、ビジネスリーダーに同伴してきた配偶者が大半、といった印象。ちなみにダボスは配偶者の参加が(追加費用無しで)可能で、ほぼ本人と同等の参加者とみなされる。

“Playing for Change”という、紛争地域でトラウマを受けた子供や少年兵士に音楽療法を提供しているNGOの代表や、パレスチナとイスラエルの国境付近で、両国の若者を集めたオーケストラを指揮している音楽家、音大生を貧困地域に連れて行って楽器を教えているNGOなど、音楽を通じて人々に平和をもたらそうとする人たちの話は刺激的だった。

“music as a tool to enhance social inclusiveness”
“in the poorest villages, you find great art”

15時15分から16時半のセッションは、「少人数で議論する IdeaLabsというのに、一度は出ておくといいよ」とカルヴィンから勧められていたので、以下の中から LSE主催のセッションに参加してみることにした。

32: The New Reality of Cybersecurity
33: Digital Convergence
34: Insights on East Asia
35: IdeasLab with the London School of Economics: D…
36: IdeasLab with Massachusetts Institute of Techno…
37: Building Bridges with Brush Strokes
38: Insights on Latin America
39: The New Reality of State Capitalism
40: Reshaping the US Economy: The Impact Abroad

セッション自体は公的セクターの改革ということで、いかにして公務員の仕事にビジネスの手法を導入し、生産性を高めるかというテーマだった。

起業の「師」との出会い

ここでは、思い出に残る、素晴らしい出会いがあった。

会場に向かうと、入り口で再び「既に満席。立ち見のみ可」と言われた。一度は部屋から去ったものの、何かに導かれるようにその部屋に戻っていった。

LSEの教授陣が一人3分の短いプレゼンをしているのを部屋の後ろで立ち見していたところ、一人の長身の白人男性が入ってきた。

あれ、さっき会場で見かけた、IntuitScott Cookだ!僕はすぐに側により、腕を引っ張りながら、”Can I introduce myself!”とひそひそ話を初めていた。

なぜなら、彼は僕にとってベンチャーを立ち上げる上での大いなる指針を与えてくれた、いわば「師匠」に当たる人物だったからだ。

MBA留学中にたまたま視聴したこのビデオインタビューは、僕に強烈な印象を与えた。
http://www.hbs.edu/entrepreneurs/scottcook.html

特に、下記の一節である。

“One of the things I learned at Procter & Gamble was the particular mindset of how you find a big opportunity. In their view, you find something first, that everybody does and, second, where there’s a problem that most people face. People won’t pay you for a solution unless there’s a problem. Then third, you find something where you can develop a technological advantage in solving that problem so that you have some degree of an edge over competitors.”

それから、僕は至るところで「大きなベンチャーが成功する条件」として、大きな市場、大きな非効率、そしてそれを解決する大きな技術や規制上の変化、ということを説いてまわっていた。彼が、この元祖なのである。

“Let’s talk more after this session finishes”

そう言われて、僕はまるで野球選手が長嶋や王監督に会ったときの気分で、セッションが終わるのを待っていた。といっても、少人数でのブレイクアウトセッションでは、老紳士に「一番若いのが書記と発表役をやりたまえ」と当てられてしまい、紙のボードを前にして皆の司会進行と、グループ別の発表プレゼンをさせられるハメになった。

終わってから、Scottと二人でコーヒーを飲みながら、1時間くらいじっくり話をする機会に恵まれた。彼のインタビューにインスパイアされたこと。ライフネットの立ち上げと苦労。そして、最近になってからの、ソーシャルメディアと共感マーケティング。

話を聞き終えると、彼はこう言った。

「僕の話が一つのきっかけになったことはとても嬉しいし、なにより君たちのビジネスモデルとマーケティング戦略は、極めてユニークで新しい。共感を創るマーケティングというのは、まさに同時代的だと思う。西海岸に来ることはないのかい?実は今度、君たちと同じように、大手よりもずっと安く、品質が高い給与ソフトを発売して、中小企業向けに直販するつもりなのだが、君の話をうちの連中にも聞かせたいんだ。

ちなみに、僕は日本が大好きで、年に一回は行っているよ。去年も友人と三人で飛騨山脈を上り、民宿に泊まったよ。日本は最高さ」

シリコンバレーで成功を治めた先輩起業家に出会えただけでなく、自分たちのビジネスモデルについてもこのようにお墨付きをもらうことができ、これだけでもダボスに来た甲斐があったと、心から思った。

(つづく)