大学入試はそれなりに機能している - 村上たいき

2011年03月08日 13:36

今回のカンニング。大げさな被害届と逮捕とメディアのお祭りはやりすぎかと思う。ただ、この見せしめは、カンニングのリスクを大きく示すことになり、今後カンニングをやろうと思う学生は減るだろう。一回の過ちで、徹底的にたたく村八分的なやり方は、ある意味、日本らしいというところか。個人的には、名前の公表されない未成年でよかったとホッとしている。前置きが長くなったが本稿では、カンニングのことは脇においておいて、入試について大学の立場で考えてみた。


今はだれでも大学に入れる時代だ。「大学=エリート養成」などでは無い。実際に大学教員の間では、学生の質についての会話はあまりしなくなり、学生をいかに集めるかしか話題のほうが増えている。入試のレベルを落とせば、もちろん学生の入学時の質は落ちるが、大学運営の多くは固定費であり、受験者数、入学者数の数を減らすわけにはいかない。そもそも学生の質低下は大学の数の多さと、人口動態の問題で、個々の大学の平均的な努力不足が原因ではない。このように大学の立場から考えると、入学者数の確保は、学生の質より優先すべき、自己存続のための至上命題だ。

ただ、もちろん上記のような大学も、なんでもかんでも数を確保すれば良いと考えているわけではなく、できるだけ質を落とさず数を確保したい。これらの大学での求めている質というのはクリエイティブとか、ひらめき力、問題解決力とか、そんなかっこいいものでは無い。最低限、大学の基礎的な授業をしたときに教官が使っている言葉を知っているかどうかという程度のものだ。こういった平均的な大学がよく使う手として、受験科目数を減らす方法がある。

2科目両方得意な学生より、1科目得意な学生のほうが多い。このため受験科目数を減らすと、みかけの偏差値が上がる。大学の箔を維持し受験者数を増やすのに良く使われる方法だ。理系学部で数学を除くのは問題外だが、物理を受験科目から除く大学は多くある(国立大学でも)。

もちろん高校物理は多くの理系学科にとって必須の基礎になる。これを受験科目から除いたツケとして、ふつう大学物理の前に、高校物理の補講を行わなければならなかったりする。ただ、高校物理に関してだけ言えば救いがある。高校物理は、高校数学で微分方程式をマスターした後であれば、暗記項目が減り、理論的なものが増える。実際に高校のときは物理が苦手だったが、大学に入ってからはじめて物理を本当に理解したという学生はいる。

大学に限らず組織が自己存続を至上命題に上げるのは当然だとは思うが、外からみればこれらの大学は、娯楽施設として以外あまり存在価値がない。完全な民間企業なら、あれこれ言われる筋合いは無いが、税金を使っている以上、これらの大学は消えてほしいというのが個人的な本音だ。一方、エリートを養成する一部の大学での入試は非常によくできていると感じる。またまた数学の話で申し訳ないが、東京大学の数学の問題は6問あり、たしか合格ラインは2問程度だったと記憶している。つまり「なんでも知っている」という知識網羅型の能力を求めているのではなく、知識+ひらめきや&論理思考力をしっかり求めていることがわかる。

現在の大学入試は、それぞれのレベルでそれなりに機能している印象がある。むしろ入試の問題は大学院のほうがが大きい。上位大学も含め大学院の選考はレベルがあまりにも低い。今の日本は、ただの大卒というシグナルは地に落ち、高等教育の名は大学院に移っている。しかし、その大学院のレベルまで落としてしまっては、エリートはどこへいけばいい?大学院の受験者数は、大学に比べれば格段に少ないので、選抜方法ももっと工夫が可能だろう。博士のシグナルが先に崩壊している日本で、大学院のシグナルは残してほしいものだ。
(村上たいき Blog)

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