避難民をどうやって救済するか?

2011年03月19日 10:26

震災から1週間が経過した。率直に言って政府の稚拙極まりない救済計画により、本来失われなくても良い命が失われてしまうのではないかと深く危惧している。

その理由は、政府の救済オペレーションが阪神淡路大震災の時と殆ど変らないからだ。

簡単に言えば、避難所に食糧、水、暖房用燃料そして毛布、衣類と言った支援物資を納入し避難民の命を繋ぎ、その間に仮設住宅を建設し順次移転さすと言う物だ。

併行して、道路、水道、ガス、電力そして通信等のライフラインを復旧さす事は言うまでもない。

私は阪神淡路大震災を最も被害の大きかった神戸市東灘区で経験したが、被害の深刻だった被災地は神戸を中心に精々南北4KM、東西30KM程度だったと記憶している。

支援の中核となる地方行政組織はダメージは受けたものの健在であったし、支援のベースとなる近隣都市も大阪を筆頭に充分に機能した。

これは余りマスコミで報道されなかったと記憶しているが、私を含め多くの自動車を所有する住民が六甲トンネルを北に抜け、神戸を脱出し親類や親元に暫時身を寄せた。

私は翌日からスーパーで野菜、果物、水、ガスボンベ、そして御菓子とかを買い込んで車に積み被災した知人、友人を回った。そういう人間は結構多かった様に記憶している。

その内に先ず電気が通り、次に水道、少し遅れてガスが来るように成った。その頃にはスーパーも普通に営業する様になり、私は支援を止めて枚方の独身寮から会社に通勤を始めた。

友人の会社経営者は、地震の当日社員が自宅に救援に駆けつけ、そのまま大阪のホテルに、一家で滞在したと記憶している。

強調したいのは、神戸の場合はエリアも今回に比べれば限定されており、行政の支援を必要としたのは疎開先がなかったり、ホテルに宿泊する経済力を持ち合わせていない、本当に支援を必要とする人達に限られていたと言う事である。

今回の東北大地震は神戸とはまるで違うと思う。被災地域が東北全土に及び余りに広大である。

道路が遮断されたり、自動車が津波で流されたりで脱出したくても出来ない。途中でガソリンが切れるかも知れない。

何より悲惨なのは、被災者を支援するべき地方行政が甚大な被害を蒙り、機能不全となっているケースが散見される事である。この場合、結果被災者は見捨てられてしまうのではないだろうか?

それではどうやって、取り残され、孤立する彼らを救済するかである。

ここは発想を変え、被災地に救援物資を輸送するのではなく、僻地に点在し、援助から取り残された被災民を、自衛隊のヘリコプターで海上自衛隊の艦船に移送し、医師の診察、診療を受けた後、別の艦船で安全な東京に移送してはどうだろうか?

東京の住居等幾らでもあると思う。ちょっと調べただけであるが、代々木公園に隣接するオリンピック記念青少年センター等は何と通常で1,500人が宿泊可能である。床にマットを敷くなどすれば楽に5,000人程度は収容可能の筈だ。

次に、政府により一括して借り上げた、空き家、アパート、マンションに移動して貰う。ここでの滞在は被災地のライフラインが復活し仮設住宅が完成し、入居可能に成るまでのある程度の長期になる事が予想される。

この被災者、転居者は地方行政が住民登録を行い、被災者フラッグを明示し、管理、支援する事が望ましい。

これにより、中央政府、被災地域地方行政の負荷が大きく軽減され、本来の復興事業に専念出来ると思う。

空き家、空き部屋の有効利用に就いては、民主党、中村哲治議員が依然より研究されており、今回の震災での活用を既に国土交通省と議論されていると聞いている。

こういう真っ当な企画が日の目を見ないのは実に残念の極みである。国家トップのリーダーシップの欠如がその理由ならリーダー更迭も視野に国民的議論を開始する段階に来ているのではないか?

何れにしても僻地に置き去りに去れた避難民が見殺しにされる様な事は絶対にあってはならない。

山口 巌

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑