デスマーチの責任―石水氏との議論の論点整理 - 石田慈宏 

アゴラ編集部

石水様 ご指摘ありがとうございます。論点は整理されてきたと思います。

論点① 【石水氏の主張】

12日の午前7時の時点で、「電源車のケーブル繋ぎ込み作業中」であり、電源接続作業がうまくいってない事も理解していた保安院が、少なくとも情報をその時点で管総理にあげれば、廃炉の決定が出来た(廃炉の決定によってデスマーチ化が避けられたかどうかは言及されていない)。


【私の主張】

後から観れば、管総理が判断可能な状況があったと言うことは出来ると認めます。しかし、その情報を適切にあげたり、その情報を適切に評価したりする事が、このような高度な専門性の高い現場での想定外の事故では不可能ですというのが私の主張です。

これは想像なので、間違っている可能性も高いですが、おそらく、廃炉とする場合の内部規定も事前にあって、廃炉の規定に該当する状況であるかないかの判断が微妙な状況であったのではないでしょうか?廃炉の状況もいろいろ想定はあったはずです。廃炉の決定が現場で速やかに出来る状況ではなかった、つまり廃炉にかんしても想定外という状況だったはずです。

電源ケーブルの接続が上手くいかなかった話も、いろいろ記事が出ていますが、私がその中で知る限りでも、単純な接続口の構造の問題であったり、作業員の手当ての問題であったりしたようで、そうだとすると、電源が復活しないと判断することを、現場も、管総理にも、できなかったに違いありません。その瞬間、廃炉か否かという重大な決断が、内部発電機の電気系統技師の判断にゆだねられているとしても、現場が、電源が復活しないと判断しない限り、管総理に判断しろというのはかなり難しい。逆に、管総理のような素人が直感で、危険だからという理由で現場を無視して廃炉を決断すべきではないと思います。

大前研一氏らを始め、管総理や政府、保安院の不始末をこの一点で、後手に回ったと評価される方が非常に多いですが、私は、やはり後出しじゃんけんだと思います。これを情報が政治的に(廃炉は国民の税金をすてる政治的な判断でもあるわけで)判断可能な首脳に情報をあがっていれば何とかなるというのは、現実を踏まえていないと思いますし、早すぎる判断の場合、もう少し待っていれば、電源を確保できて、廃炉にせずに簡単に冷やすことが出来たといわれることだって可能性はあると思います。

私は、今回の手当てが間違っているか、正しいかの議論に意味がないとおもっていまして、何事もベストチョイスを求めすぎることが、現場や担当者を萎縮させる事を恐れます。想定外のことが起きれば、正しく、丁寧にリアクションすること。それは現場に権限を与えないとできませんと言っているだけなのです。

論点② 【石水氏の主張】

政府側が東電の指揮系統や個々の対応に口を挟む必要もありません。大臣は全体的な方針を決定し、原子炉への対応は、先に述べたように、東電へ任せれば良いでしょう。大枠の策定や東電の作業内容の妥当性評価については、大臣の下に支援チーム(危機管理の専門化、原発の理論や設計の専門家、原発開発メーカーの技術責任者など)を招集すれば良いでしょう。統合本部は現場を混乱させるのが目的ではなく、現場が実現可能な方向性を定め、必要な資源を集めて供給し、現場で起こる状況の最終責任を負う事を現場に明確化する事です。

【私の主張】

石水氏の主張と異なる主張はまったくありません。原子炉周辺の住民へのダメージコントロールついてはそもそも政府の管轄ですから、住民の避難が手際がよかったのか悪かったのか、順次避難させるより、一度に避難させたほうがいいのか、私はそこには興味がありません。単なる感想では、統合本部があってもなくても、なくても変らないのではとは思いますが。実際に死人やけが人が発生したわけでもなく、あれを手際が不味いといわれる行政は少し気の毒です。(世界であれほどの住民をあんなに整然と避難させられる行政機構はありませんよ)

論点③ 【石水氏の主張】

想定外の天災における東電と政府の責任について述べます。電力会社は公共性の強い企業ですから、自動車会社のリコールと同列で語るのは正しいとはいえません。また東電は天災によるダメージの他に、原子炉が廃炉になる事で大きな経済的損失を負います。法律に別段の定めなく、東電の障害対応に大きな過誤がない限り、東電の責任はここまでにするべきと考えます。

【私の主張】

石水氏の主張と異なる主張はまったくありません。あくまでも原子炉に関する対応を政府の組織が東電に変って執り行うというのではなく、オペレーションは現場が行い、以降は政府が責任を負うというのならもっともな事です。そもそも想定外の事を起こさないのは、原子力行政の担当範囲であるのは明らかだからです。

デスマーチ化を今回の震災対応全般とスコープを広げていらっしゃるなら、私の主張のスコープ外となります。また、原子炉冷却及び放射性物質閉じ込めオペレーションに限ったスコープであるなら、私の主張は、統合本部の設置、それによる介入、の有無に関わらず、デスマーチは避けられない。避けられないから、現場がリアクションしやすい体制論が必用だという立場です。

(石田慈宏 株式会社東京証券取引所 IT開発部マネージャー)

コメント

  1. bobby2008 より:

    石田さん

    何度もレス記事を書いて頂き有難うございます。私も新しい記事をアップ致しましたのでご覧下さい。

    石田さんが最初に批判記事を書かれた前後くらいから、今回の福島第一原発事故への対応において、東電本社(現場ではない)の、当事者能力を疑うような新聞報道が出てきているようです。これらの情報は、今週になって私の考え方に大きな影響を与えています。

    石田さんの意見は、無能な管理者が優秀な現場に支えられている現在の日本では、一般論としてはある程度理解できます。しかし現場が優秀でも、経験もマニュアルの指示もない事象へ対応しなければならない今回の障害対応において、企業利益優先で、かつ無能な管理者を持つ事は、現場にとってより大きな不幸です。

    大前研一氏は東電経営陣は昔から、事故が起こる度に不都合な情報を隠蔽して経営問題を起こすので、原発のわかる役員は過去にみなパージされてしまい、いまはひとりもいないのではないかと述べ、東電経営陣を、「無能で隠蔽体質」と厳しく批判しています。

    どうせ原発の専門知識がないのなら、少なくとも建前としては国民利益優先(実際は党利優先)の現政府が指揮する方が、現場の不幸がより小さくなる可能性があると考えています。

    石水