農水産物の風評被害を解決できるか―情報の経済学の視点から―

2011年04月09日 08:00

3.11の地震・津波は天災、原発は人災である。16兆円―25兆円と推計される直接被害は一次災害、原発・電力不足やサプライチェーン断絶が引き起こす被害は二次災害である。二次災害は、復興計画を含む今後の我々の対応や努力により、縮小も拡大もする。

その点で、原発の放射能による野菜や魚介類といった農水産物の汚染問題も、実態以上に国民に不安や疑心暗鬼を抱かせ、汚染ゼロの安全な農水産物までが売れなくなってしまうようなら、それは明らかに「風評被害」で、二次災害といえよう。


では、風評被害はなぜ発生するのか。理由は簡単で、汚染がゼロか否かも含め、汚染度に関する「情報」が存在しないからである。

人間には自己や家族の生命を守る防衛本能がある。政府は「直ちに健康には影響ない」と宣言するが、あくまでも「直ちに」であり、原発が現在進行形の問題である限り、農産物に対する汚染を完全にゼロにするのは不可能に近い。

しかも、放射能という性質上、国民は、流通している農水産物の汚染度が「情報」として確認できない。このため、農水産物の汚染度が不明である場合、購入を控える消費者がいるのは当然である。

他方で、農水産物の汚染度が不明でも、値段が割安だからという理由で購入する者や、まったく気にせずに購入する者もいる。

しかし、現状では、放射能が高い地域に近い農水産物の値段までが下落しており、それは生産者を直撃している。仮に、産地等の「情報」のみで判断され、汚染がゼロまたは汚染度が低いと生産者が確認している農水産物までの値段が下落しているとしたら、問題である。

これは、情報の経済学でいうと、汚染の度合いについての情報を優位にもつ農水産物の生産者と、その情報が皆無に近い消費者の間で、「情報の非対称性」が発生している状況にほかならない。

通常、「情報の非対称性」に関する対策には2つある。一つは「シグナリング(signaling)」で、もう一つは「スクリーニング(screening)」である。

前者(シグナリング)は、情報をもつ者が情報の無い者に対して私的情報を明らかにするためにとる行動をいうが、今回の放射能のケースでは、各農産物の放射線値についての情報を、生産者自らが開示することなどが考えられよう。

実際、この動きは一部で出始めているようであり、放射線値の測定に多少の費用がかかっても、風評被害を撃退できるのであれば、安い対応のはずである。むしろ、放射線値の表示がある農水産物が市場に出回ってくれば、表示のない物品は需要が落ち込み、価格が下落する可能性もある。

他方で、後者(スクリーング)は、情報の無い者が情報をもつ者に対して情報を明らかにさせようとするときに起こる。今回の放射能のケースにおいて、すでに政府は、農産物のサンプリング検査を行い、一定の基準で汚染度が高いと判断された地域の農水産物については出荷停止を実施している。

これは一種のスクリーニングということができるが、サンプリング検査はできても、政府がすべての農水産物の安全性を確認することは到底できない。このため、スクリーニングが十分に機能していない現状にある―との疑心暗鬼を国民が抱いている可能性がある。

もし、このスクリーニング機能を高めたいのであれば、政府は、汚染度に関する基準(例:レベル1~5)を策定し、市場に流通している農水産物についてもその表示を義務付けるか、あるいは表示するインセンティブを構築することなどが必要であろう。なお、偽装表示が不安ならば罰則を設ければよい。

なお、どうしても不安な消費者に対しては、思いつきだが、自らがスクリーングを行うため、スーパー等に簡易の放射線測定器をいくつか置いておき、自由に利用できるようにしておくことも考えられる。

以上は外食産業にも適用できるはずであるが、いずれにせよ、風評被害が発生する原因は、農水産物の汚染度に関する情報が非対称で、その情報が不完備であることにある。

生産者と消費者の間にある「情報の非対称性」をできる限り解消し、正確な「情報」を発信させる枠組みの構築が何よりも重要である。これは同時に、「安全」な農水産物の消費機会を国民に提供することにも寄与するだろう。

(一橋大学経済研究所准教授 小黒一正)

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