赤字国債による政府予算は災害復興に回して - 平井 進

2011年04月25日 10:58

国民が政府の財政規模を選択できるようにすることが民主主義であるという趣旨から、3月10日に「(赤字国債を発行しないのであれば)支出を税収に合わせて政府の大きさを国民が選択できるようにすること(が次の衆議院選挙の意義なのでは)」と題して2011年度の補正予算の提案を行った。これは、ねじれ国会によって公債発行特例法案が成立していない状況に対応したものである。

従来の赤字国債は、財政法第四条第1項の「国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を持って、その財源としなければならない。」とある規定の例外措置として、公債発行特例法によって行われている。この財政原則から分かるように、赤字国債を発行するということは、本来、非常時の緊急対応なのであって(それ故、一年ごとの時限立法となる)、1991~1993年度を除いて近年これが常態化しているということ自体が異常な事態なのである。財政に限らず政府の行うことが柔軟性をもたないのは、あるべき原則から逸脱することを防ぐためであるが、政治によって上記の異常事態が恒常化することによって、そのような逸脱状態に財政が硬直化し(それにより利益を受ける層があるからであるが)、収入内に支出を収めるという当然のことがもとに戻りにくくなっている。


3月11日に東北地方を中心として地震と津波の大災害が起きた。現在、この痛ましい事態に多くの人たちが大変な苦労をしている。この災害復興のためには多額の資金を必要とし、それは10~20兆円の規模になるであろうといわれている(阪神淡路大震災の後の1994年度と1995年度の補正予算は災害対策費に3兆2千億円、経済対策費を含めて9兆1千億円であった)。そのために考えられることとしては、①増税または新税を設ける、②従来の赤字国債を増額する、③震災復興のための国債を別に発行するなどがある。

政府内では、上記③の震災復興のための国債について、これ以上の国債の市場での発行は困難であることから、それを日銀に引き受けさせるという案が検討されていたことが報じられた。財政法第5条は「すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない。但し、特別の事情がある場合において、国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りでない。」と規定することから、この場合も(従来の公債発行特例法と同様に)特別立法が必要となる。

ここで改めて認識してほしいことは、上記のように財政原則を逸脱して赤字国債を発行することは、本来、非常事態のためにある。従って、筋からいえば、赤字国債を発行するのであれば、財政規律を失って収入を越えて支出をすることに対して行うのではなく、今回のような国難ともいうべき災害の復興のためにこそ行うべきものなのである。

従って、ここで提案する(上記の提案を変更する)ことは、現行の政府予算で組まれている赤字国債による収入を災害復興の費用にまわすということである。それは、2011年度の補正予算において、政府予算の公債金収入の44.3兆円から国債償還費の21.5兆円を引いた22.8兆円について、それを上限として必要な額を災害復興対策のためだけに振り向けるということになる。そのために必要であることは、支出を収入(51.7兆円とされる)に合わせるということであり(近年では上記の1991~1993年度はそれができていた)、これは支出を切り詰めるということではなく、支出を収入の身の丈に合わせるだけのことである。税収の中から国債の償還を行うという支出の本当の切り詰めは、今回の措置が実行できた後に行なっていけばよいであろう。

このような国難的な状況のときに発揮される日本人の持ち味は、皆が心を合わせて国民全体として痛みや犠牲を分かち合おうという精神が自ずと出てきていることである(私は東京に居るが、多くの人たちが被災した人たちのためにできることをしたいと思っていることが分かる)。国民に忍耐と節約を呼びかけていながら、政府自身が(次世代への負荷において)その財政を身の丈を越えて浪費する(あるいは国民がそのような政府支出を求める)ということが許されてよいのであろうか。

このようなときに国として健全な判断ができれば、災害復興と政府財政の規律回復(への第一歩)との両方に資することができるのである。民主党は規律のない公約にこだわり、自民党は予算に関して子ども手当て等をなくす代わりに彼らの主張する支出が認められれば赤字国債を認めてもよいと考えている旨が報じられており(自民党案の財政規模も政府予算と同様であり、これは赤字国債に反対することの大義名分を欠くものである)、与野党ともにこの問題はいまだに政局(党利党略)のレベルでしかとらえられていない。

阪神淡路大震災のときに復興を果たしたのは関係する人々の意思と努力の結集であり、それは黙々たるものであった。今回の国の大局的な復興を含めたビジョンは、政治家が出せないのであれば、復興に力を出そうとしている国民が出していくしかないのではないか。

(平井進 東北大学大学院)

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