電力会社と電力行政 - 古村 彰

2011年04月27日 22:05

本稿で提言するのは、「真のコスト」という概念を用いることにより、客観的な議論のベースを提供するものであります。

本稿では、次の論点に絞り込んで議論を進めます。
1. 東電による損害賠償と経営存続
2. 原子炉を残すのか

1. 東電による損害賠償と経営存続
福島第一の真のコストを把握すること。予備電源などが不十分であったことが既に指摘されていますが、万全の防災対策を行った上での真のコストはどれだけであったのか。

真のコストが現実のコストを大幅に上回る場合には、東電に架空の超過利潤が発生しています。この超過利潤を原資として、(1)東電の留保利益、(2)過大役員報酬、(3)過大な税収、(4)過大配当金、(5)高水準の賃金、(6)安い電力料が発生しています。ここに目をつぶるのは、モラル・ハザードを直視しない議論です。浮かれていたときは皆がハッピーだったが正気になるとその勘定書きは膨大であったというのは既視感のある構図です。ここから処方せんは簡単であることがお分かり頂ける。すなわち、事業主体、その取締役と経営者、規制当局とそれを指揮する政府、この三者が一義的に責任を負わなければなりません。株主責任については、損害賠償の結果東電が債務超過になれば、減資という形で責任を負うことになります。


真のコストと現実のコストの差が大きくない場合には、福島第一は経済的にペイしない不良資産であったということです。
いずれのケースであれ、東電が債務超過になった場合には、収益部門を切り離して売却し賠償責任を果たす、それでも不足する場合は国庫負担となる。東電を存続させて、将来の収益から賠償金を支払うという案が報じられていますが、存続させる理由に乏しく、モラル・ハザードを防止する観点からも好ましくありません。そもそも、賠償金を払えるくらいの収益が計上できるのであれば、それは売却価格に反映されます。

「国営化する」とか「発電と送電を分離する」というのは先の出口の話であって、まず、何処を入り口とするかを明らかにすることが必要です。

2. 原子炉を残すのか
先に述べたように、個々の原子炉の真のコストを把握することが必要です。その中で経済的に成り立つものだけを残せば良い。そして、残された原子炉があった場合、今回の問題が明るみにしたのがガバナンスの問題です。

東電を監視する組織として経済産業省原子力安全・保安院と内閣府所管の原子力安全委員会がありますが、今回、彼らが監視機能を果たしていなかったことが報じられています。監視機能は、独立性を有し、利益相反に陥ることなく、モラル・ハザードから自らを律さなければなりませんが、国内のプレーヤーがあてにならない以上は、海外の機関に監視を委ねるのも一つのあり方かもしれません。

また、電力会社に原子炉運営事業とリスク評価の両方をやらせるのは、利益相反がありリスク評価が甘くなる恐れがあり、現にそうなりました。電力会社からリスク評価機能を切り出して、保険会社に原子炉保険を引き受けさせることにすれば市場規律から原子炉業者のモラル・ハザードを防止することが可能になると考えられます。原子炉の復旧工事などの保険に限定するものであれば、保険事業として成り立つと思われます。
(古村彰 経営・会計コンサルタント)

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑