劣悪なニッポンの景観 ―復興で街並みは変わるか―

2011年04月28日 22:16

建築基準法には、地震と風の規定はあるが、津波は考慮してない。土木学会は、津波を堤防等で防ぐとこはできないとコメントした。建築・構造物にも限界がある。それはそれで、対策を考えなくてはならない。

まだまだ復興という段階に至っていないが、再建する際には、乱開発の歯止めをかけてほしいと思う。まだ不謹慎か。まずは生活の糧を確保せねばならないのだから。

しかし、中長期的な復興を考えると、近代の日本の景観はよいものだったろうかという反省も欲しい。否、ヨーロッパの街並みと比べたら貧困だ、と答えたら、それは西洋中心主義オリエンタリズムに侵された偏見だと批判されるだろうか。


しかし、私はここで、日本の景観には多くの問題があるという立場をとる。明治維新以降の急速な西欧化による乱開発や戦後復興に大きな原因があるのかもしれない。日本の為政者には都市景観に対する思い入れがなかったからなのだろうか。

文明開化以降の具体的な都市景観の劣化は、建物の形式が和洋混在となり、かつ制限が緩かったので、スカイラインがまったく不揃いになった。斜線制限も最悪だ。電柱と電線の錯綜で、見苦しい。交通量の増加に対応し道路網整備を無秩序に行った。緑地を含む公園を配置する考えもない。

それでは、はるか昔には、景観に対する理解があったのかといえば、怪しい。そのような理解がなくても、江戸の景観は結果的に美しくなったといえる。江戸時代の風景画を見れば分かるが、武士や町民の住宅は構造も部材も寸法もほとんど同規格で、建物の高さや形状に大きな差異がない。そこに大名屋敷や寺社が変化をつけた。周縁には緑地も残っていた。これらは、為政者が意識的に作り上げていない。結果として現代の私たちから見て美しい街並みができた。

その後、戦後の高度経済成長期以降は高速道路や鉄道の高架が都市景観を大いに劣化させた。電線の地下埋設化は進まない。建物の高度規制や外観保存も統一性がまったくない。乱開発の負債を清算するには時間がかかる。

また、都市計画や景観の法律は、必ずしも強制型の法律にはなっていない。手続きと守る範囲が書いてあるだけで、あとは市町村に投げる。市町村が頑張らなくてはいけない。

また、日本の法律では、空地はよいものだと考えている。だから、様々な建築を拘束する規定の緩和をするとき、空地をとれば、その見返りとして制限の緩和をする。つまり、空地さえ取ればどんな建物でもよいとなる。建築行政の貧困だ。その結果、街並みは壊れ、建物と建物の間は歪になった。

もちろん行政は、壊しただけでなく、建て込んだ街並みを直したり、狭い道路を広げたりした。しかし、今は建て込んでいる町中に超高層が建つことを許す。街をつくっているとは言いがたい。

法的には、斜線制限や日影規制、セットバック緩和、天空率の導入、集合住宅を突出させる住宅容積率の緩和などいろいろあったが、建築の形や街並みを考えない都市計画法や建築基準法で規制しようとするのが過ちの始まりだ。また、都市計画法は大都市だけの法律にして、あとの都市はそれぞれに応じた法律にしてはどうだろうか。建築基準法も、気候の違う地域が一律というのはおかしい。

提案としては、税制をまちづくりに連動させるのはどうだろうか。景観が良いものを作ると資産価値が上がる。ところが、そうすると固定資産税は上がる。本来自分の資産価値が上がるのを誇るべきだと思うのだが、どうもちがう。今の税システムも問題だろう。コンクリートにすると税金が上る。これでは、地震に強い街にはならない。景気浮場のため容積率アップや規制緩和が大手を振っているが、この税制は改善されない。しかし、景観行政でも税制は大きな力を発揮するだろう。

赤沢 良太(一級建築士)

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