たまには菅さんを“尊敬し褒めまくる”のも良いでしょう!

2011年05月08日 16:08

今回の菅首相による「浜岡原発の全面停止」に対し、孫さんは「諸君‼ たまには、我が国の首相を尊敬し褒めまくるべきだと思わんか」とTwitterで述べています。少なくとも私はこの意見に賛成です。

「拙速すぎる」「その後(電力需要に対して)どうする」「根回しがなさすぎ」など、いろいろと批判はありますが、要請自体は至極当然な話だと思うので、“たまには”菅さんを“尊敬し褒めまくる”のも良いと思います。

前田拓生のブログTwitterfacebook


そもそも大震災前は、机上の理論で確率分布のテールの端の方にあった「(津波等の)リスク」が、今は(不幸にして)実証により、「対処すべきリスク」と認知されるようになったわけですから、今までの理論に基づく体制が、当該リスクに即していなかった可能性がある以上、実証結果を考慮したものに変更すべく、全面的な点検等を行うべきでしょう。

この観点で中電も「(今想定される)もしものため(に必要)」ということで、砂丘の後ろに堤防を建造すると表明し、その作業を開始しようとしているわけですから、「万が一に」といっても“必要”である以上、当該堤防が完成するまでの間、浜岡原発を全面停止するように政府が“お願い”するのは当たり前!

「私企業への過剰な介入だ」という意見もあるでしょうが、現状のように一元的な電力供給システムを「株式会社」という器の電力会社が担っている以上、「過剰な介入」とは思えません。

まず、「電気」に対して、それが適正料金なのか否かは不明なまま、国民はその対価として料金を支払っています。たとえ、その料金が高くても一元的な電力供給システムである以上、独自に発電能力がない個人が拒むことはできません。なので、ある一定のルールによって電力料金が決められています。

この現実を前に、有限責任しかない株主の代理である経営者が、当該会社の補償限度をはるかに超える可能性のあるリスクの存在を知っていても、当該リスクを考慮すると利益が出ないことを理由に「想定しない」ことにすることも可能です。

このような判断の結果として当該リスクが顕在化した場合、株主は有限責任なので投資した金銭以上の負担はしません。また、破たんすれば電気の供給が止まることから、破たんさせることもできず、最終的な負担は国民が負うことになります(福島原発においてはこのようになる可能性が高いわけです)。

とすれば、国民の代表である国会議員が選んだ政府(または首相)が、国民の声を代弁し、顕在化する可能性のあるリスクに対して、しっかり対処するように“要請”するのは当然!しかも「その対処が終わるまでは停止するように」という“お願い”もまた至極もっともなことといえます(法的措置等が迅速にできるのであれば、その方が望ましいでしょうが、政府としては“お願い”をして、最終的な経営責任は当該私企業に委ねる方が早いので、今回はこのような異例な要請になったと理解しています)。

リスクが顕在化したら、いやでも国民が負担を強いられるのだから。

当然に、浜岡原発を全面停止したところで、すべてが解決することはありません。しかし、この異例な“要請”により、いろいろな問題が明らかになったのは事実ですから、大いに議論をすれば良いと思います。特に「一元的な電力供給システム」に対しては、少なくともスマートグリッドの技術を利用すれば「送電と発電の分離」も可能(欧米ではすでにそうなっている)なのですから、電気事業法の全面的な改正も含め、大胆な電力供給システムの変革を望みたいと思います。

それができれば、停止の間(現状2・3年でしょうが)、経済が停滞したとしても、その後の日本の将来に希望が持てると考えています。

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