「発送電分離」と通信のアナロジー - 海部美知

2011年05月19日 01:49

あらかじめ申し上げておくが、私は東電を擁護する気はまったくなく、経営面で東電がパニッシュされることはまぁ当然だろうと思う。ただ、世上よく言われる「発電と送電の分離」に関しては、絶対反対ではないが「今」やるのがいいのかというと、通信を20年近く見てきた肌感覚で「今は適切ではないのでは」と思ってしまう。電力のことはあまり知らないので、これはあくまで、似たコスト構造をもつ通信とのアナロジーによる感想である。


電力も通信も、設備投資が巨大なユティリティ産業である。いったん投資したり仕組みを導入したりすると、その影響が長い期間に及ぶ。個々のユーザーが支払う料金の単価が非常に小さく、そのために膨大な数のユーザーを持つという「規模」が、製造業以上に大きな参入障壁となる。巨大な投資を10年単位で回収することが可能な体力がなければやっていけない。

通信は日本ではモノポリーから出発して、1985年以来、何度かの自由化や新規参入を経て、現在は「競争」がある程度存在する。電力は逆で、かつては多数の事業者がいたのに、戦時下に統合したのだそうだ。アメリカは、通信も電力も、多数の事業者から出発して今でも多数のままだ。(ただし、テリトリーの小さい企業がたくさんあるだけで、同一地域の中では「地域独占」である。)

(参考記事)
電力不足解消のカギを握る「スマート」と「超電導スーパーステーション」:日経ビジネスオンライン

歴史的経緯はとりあえず置いておき、通信の1985年以降の歴史を見ると、自由化や新規参入は世界主要国で、それほど大きな時差がなくほぼ同時に起こっている。1985年は、日本ではNTT民営化、アメリカはAT&T分割、イギリスではBT民営化の年。長距離電話に競争が導入され料金の価格破壊が起こる。1990年代半ばには、クウェストやグローバル・クロッシングなどの新興光ファイバー・キャリアが世界のあちこちで台頭し、幹線の価格破壊が起こってネットブームをインフラ面で支えた。1990年代後半、デジタル携帯電話への移行で新規参入が起こり、携帯料金の価格破壊がおきた。

80年代の光ファイバー、90年代のDWDM(光ファイバーの多重を大幅に増やす技術)とデジタル携帯など、技術革新により「供給を大幅に増やし、回線あたりのコストが大幅に下がる」局面では自然に競争が起こり、自由化や価格破壊が起こった。民営化などといった「法律的な枠組み」は、それを追認しているに過ぎない。80年代に「長距離電話」と「地域電話」を分離した枠組みもこの一例で、当時は「地域電話=アクセス」部分は技術革新がなく、価格が下がらなかったので、それと技術革新のあった「長距離」を分離することで、下げられるところだけでも下げようということだった。

光ファイバー技術により、回線多重が大幅に可能となり、数十分の一とかのコスト低下があったので、それまでの料金水準ならばマージンが莫大になり、そこでいくつもの競合事業者が食っていく余裕ができた。
そういう技術革新の裏付けがなく、「イデオロギー」だけで、人為的にアクセス部分に競争を導入しようとしたアメリカの「1996年通信法」は失敗した。(日本ではそこそこ成功したのだが、この人為的な枠組で導入した「DSL」の処理で今ソフトバンクは苦しんでいる。)

規模が参入障壁になる設備産業で、自由化や競争導入は、うまく技術革新のタイミングと合わせないと、いろいろいじる分のコストばかりかさんで、結局元の木阿弥になっちゃうのでは、という心配がある。

電力でも、例えば太陽光発電の画期的な技術革新で、コストが大幅に下がるというようなことが起きたら、発・送電を分離して、「太陽光発電会社」から、東電のひいた電力線を経由して電気を買えるという選択肢ができるのはアリだろう。再生可能エネルギー発電が、原発込みの発電よりも10%ぐらい高いぐらいだったら、そっちを買いたいと思う人もいるだろう。

しかし、現状はそうではない。大騒ぎして、発・送電分離しても、全く採算に合わず、すぐに消滅するならば、むしろ害の方が大きいだろう。「あのときはああだったではないか」という前例に重きを置く人は多い。将来、本当に発・送電分離が有効な時期がやってきたときに、抵抗が大きくなる。かえって、将来にわたってミソがついてしまう。

2000年代にはいり、技術革新による大幅な供給増加が起こらなくなった中で、米国政府がとった「ブロードバンドアクセスの競争導入」政策は、「大きい事業者を分割して細かくする」のではなく、「大きいもん同士を戦わせる」という戦略である。価格破壊のない世界での設備産業では、長期にわたって投資できる体力のある企業でなければ、有効に競争できない。既存サービスで潤沢な利益をあげていて長期投資が可能であり、また申し込みがあれば、ユーザー宅まで工事人を派遣できる仕組みと体力を持った「電話会社」と「ケーブル会社」を競わせることにしたわけだ。

通信に関して、「上下分離」はうまく行かないのでは、と思うのはまったく上記の理由からである。技術革新のサイクルの中で、今がよいタイミングであるとは思えず、会社を切り刻んで小さくする時期ではないと思うからだ。

電力に関しても、ユーザーの選択肢を増やす目的であれば、例えば関電と東電を相互参入させ、「発電源」のポートフォリオにどれだけ原発と再生可能エネルギーが含まれるかのデータ公開を義務づけ、ユーザーは自分の好みのポートフォリオをもつ方から買える、などといった「エンド・ツー・エンド競争」でやるのはどうか。それが無理ならば、現在のカリフォルニア式に「再生可能エネルギーのミニマム比率を強制的に達成させる」といった、伝統的な規制のほうが有効ではないかと思う。

2000年のカリフォルニア電力危機は、「自由化」自体が原因ではないが、「自由化」の枠組みが「既存ユティリティをパニッシュする」ように、「料金は下げてもいいけど上げてはいけない」という仕組みになっていたから、と聞く。電力の自由化も競争導入も、技術革新のない中では、実効をあげるのは難しいようで、結局上記のような「伝統的規制」に戻っている。

ま、電力は他の事情もあるのかもしれないので、これは通信業界からのご参考ということで。

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