発送配電分離は国民が決めることだと思う

2011年05月23日 15:03

池田信夫先生が発送電分離は、東電を解体しない限り、いまの政治状況、とくに民主党政権では、かつての電電公社の民営化を進めた当時の力技ができず困難だろうという見方を示されています。
東電を解体しないと電力自由化はできない – 池田信夫/アゴラ
しかし、おそらく政治状況にかかわらず、東電の影響力は低下し、実質的には解体に向かい、発送配電分離は進めざるをえなくなってくるだろうと感じています。いくつかの理由がありますが、最終的には民意がもっとも重要な電力会社分離の力となってくるのではないでしょうか。


そのひとつは、電力自由化をコントロールしてきた最大の存在の東電に電力不足が深刻な問題になってきたことです。浜岡原発の稼働中止で、中部電力からの電力供給は期待できなくなりました。それがさらに玉突き現象となり、関西電力管轄の地域でも節電が必要だとされており、この夏場で国民はいやがおうでも電力不足や節電による苦労を強いられます。

電力自由化はすでに行われており、工場などでの自家発電の余剰電力の買取や太陽光発電の電力買取りも行われているのですが、電力の安定品質を保つことを理由に、電力買取量の制限が行われています。電力会社としては電力の無制限な買取は、自社の発電施設の稼働率を下げることとなり、自社の首を締めます。だから、できるだけ電力買取を抑えたいのは当然です。
しかし、今回の夏の電力不足に対して、そういった余剰電力買取をしないで、ピーク時の電力確保ができれば別ですが、おそらく余剰電力をすべて買い取ることが余儀なくされてくるのではないでしょうか。

事故直後なら受け入れた計画停電ももはや世論が容認しないことは眼に見えています。なぜ買い取らないのかという声もあがって来るでしょう。電力自由化を阻む壁はこの夏でなし崩し的に消滅していくものと思います。
野口先生は、電力不足が深刻化することを指摘され、日本の製造業の西日本への移動に応えるだけの発電能力が西日本の電力会社にもないことを指摘されていますが、しかし自家発電の電力供給力については触れられていません。
きわめて深刻な電力制約|野口悠紀雄 大震災後の日本経済|ダイヤモンド・オンライン :

ちなみに、中部電力がこの夏に中部電力管内の企業の自家発電からの電力買取を進めることを発表されていますが、浜岡原発の運転停止で失った供給力は約360万キロワットで、自家発電の総出力は443万キロワットということです。もちろん自家発電した電力の自社での消費を差し引かなければなりませんが、決して供給力が小さいとはいえません。
中部電力:企業の余剰電力購入へ 供給力増強で(毎日新聞)

第二は東電はもはや政治や社会に対する影響力を失っていることです。賠償スキームの是非についてのさまざまな議論が沸き起こっていますが、そこに当事者の東電の力は及んでいるとは思えません。どのようなスキームであっても、政治が決めなければならなくなったのです。
東電をリーダーとした電力、経済産業省を中心とした官僚、マスコミ、政治家、地域の自治体、原発施設のメーカーである日立や東芝、また原発施設を建設するゼネコン、さらに学者や研究機関などの原子力利権の入り組んだ利権の体制は維持できなくなったと見るべきだと思います。電力会社からは資金が途絶えます。カネの切れ目は縁の切れ目となるでしょう。東電の経営状況からすれば資金を供給する余力は失われています。しかも世論が厳しい目を注ぎ始めるにつれ、東電に都合のいい発言はできなくなってきています。

第三にエネルギー政策の見直しがいやおうなく迫られてきます。従来描いてきた原発の比率を高めることは、現実的にはできる状況にありません。原発の維持がせいぜいで、老朽施設の廃炉も避けられず、原発の新設、現在止まっている原発の再稼働は極めて困難な状況になってきています。

野党が、官邸の原発事故対応の検証を行い始めていますが、なにか虚しいのは、原因をつくってきた第一の責任は自民党政権にあり、そちらの問題のほうが大きいことは明白です。その自民党であっても、情報が錯綜し不足している緊急時にはたして完璧な対応ができたのかは疑問です。もっと情報が隠され、最悪になっていかもしれません。

これまで行なってきた原発行政のなにが本当の問題であったのかの検証をせず、また今後の日本の電力のあり方についてのビジョンを示さない限り、国民の信頼を得ることは困難だと思います。いずれ、それが問われてきます。

菅総理のエネルギー政策はゼロベースで考え直すという発言が、はたしてそのタイミングがどうなのか、またなんら検討なしに発言があったことを問題視する意見もありますが、原発の新設を前提としたエネルギー政策の見直しは、どの政権になっても余儀なくされる話なのでインパクトがありません。

もし脱原発は反対だ、積極的に増やすべきで、エネルギー政策を変えてはならないと主張する政党があれば、日本のエネルギー政策だけに絞って選挙をやればいいのですが、従来のエネルギー政策を堅持し、原発中心に進めるということでは選挙に勝てる状況にありません。

さらに、再生可能な自然エネルギーを利用した発電に関した議論は、現在は楽観的なものから、悲観的なものまでありますが、意見がわかれる理由は多岐に渡った自然エネルギー発電の潜在力がまともに議論されず、事実がわからないからでしょう。原発を中心に置くという前提での潜在力の想定と、原発による発電が減少し、もはや頼ることができないという前提での潜在力の想定では結論もかわってくるはずです。計画をつくることに携わったことのあるひとなら、そのことは容易に想像できるはずです。早晩、さまざまな視点から事実が浮き上がってきます。

もっと重要なことは、通信の分野ですでに自由化の結果を国民が体験してきたことです。電電公社の民営化と解体を行なった時代と背景が違うのはここです。しかし、国民のほとんどは企業でもない限り、電力の購入先を自らが選択できるという体験がないために現在では想像もつかないでしょうが、技術的には可能なことです。もちろん電力会社に可能かと質問すれば、覆面で技術者にインタビューでもしない限り、できないという回答になるでしょうが。

さて大きな時代の流れで見ると、今回のような福島第一原発事故のさまざまな影響で、電力不足が問題になってきましたが、実際は電力需要は2000年以降は頭打ちになり、むしろ電力が余りはじめていました。
電事連は、原油の高騰もあり、日本のエネルギー需要における電力のシェアがあがると見ていて、まだ電力需要は伸びるという見通しをしめしていますが、工場の海外移転などが進んできたことや、産業のサービス化がいまだに十分ではないとしても、現実には進んできた状況を考えるとそうなるのかは疑問です。

深刻な電力不足と言っても、問題が起こるのは夏場のピーク時だけであり、電力会社はピーク時にあわせた発電能力を構築してきたために、通常は電力は余っているのが現実です。
つまり、市場の原理から言えば、ほんの夏場の一瞬を除くと、供給力が需要を上回っており、顧客主導の市場に変わっていくことが自然ですが、独占体制があるために競争が起こらず、供給側主導となってきました。

それを変える鍵は電力小売です。電力小売の自由化が起これば、大企業でなくとも、誰もがどの電力と契約するかの選択の権利をもつことになります。携帯電話をどのキャリアにするかが選べるのと同じです。携帯のキャリアは各キャリアが独自の通信網をつくる必要がありますが、それとの違いは送電が一本化されていることぐらいでしょうか。
どうも議論が発電する主体と、電力会社間の取引の自由化と捉えている人が多いようですが、それでは本当の顧客の選択の権利が保証されません。

国民も企業も電力をどこから買うかの自由も権利もある。そのためにどうすればいいかという議論がもっとでてくることを期待します。

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大西 宏
株式会社ビジネスラボ代表

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