小粒でピりりのイスラエル― 平和の管理ができるだろうか?

2011年06月16日 10:00

松本氏の、イスラエルの横顔を要領よく整理した文章を興味深く読ませて貰った。そこで、米国とイスラエルの特殊な関係を論述した2007年出版のMearsheimerシカゴ大学教授とWaltハーバード大学教授の共著による「The Israel Lobby and U.S Foreign Policy」や、イスラエルの有力病院の米国後援会理事や幾つかの親イスラエル団体に関与して来た私自身の経験を参考に、少し異なる角度からイスラエルを見て見たい。


イスラエルは、第1党が過半数を得たのは1969年の選挙が唯一の例外で、常に連立内閣に依る政情不安を抱えて来た歴史を持っている。小数政党乱立は、国の違いと言うより全国区比例選挙制度のもたらす特徴で、日本が将来選挙制度の改革を考える時には忘れてはならない問題である。

一見、複雑そうに見えるイスラエルの政治が「あらゆる状況に機動的に対応する臨戦態勢」を維持しているのは、政治体制ではなく国民の「国家の存続」に対する一致団結した強い意思である。その点「国民が一致して守る物(国家の目的)」を持たない我が国の政治は、イスラエル以上に難しい。皮肉な事に、中東に和平が訪れた時に初めてイスラエルの政治体制のあり方がためされるのではなかろうか?

イスラエル問題の複雑さは、欧米、特に米国の支持の取り付けが国の運命を決めている事にある。その為もあり、イスラエル政府は海外の親イスラエルロビーと密接に協力しており、イスラエルロビーの影響を色濃く受けた欧米の中東政策は、人間のご都合主義が集約された観がある。

その典型は、米国がイランの核保有や人権侵害を排斥し、西欧諸国が世俗主義憲法の維持に疑念を抱いてトルコのEU加盟に反対しながら、イスラエルの核保有や回教徒アラブ人の差別政策には目をつむる現実に表れている。

対アラブでは団結するイスラエルも、内部事情は複雑である。離散したユダヤ人でもドイツ、ポーランド、ロシアなど北欧に逃れたアシュケナジムの流れを汲むイスラエル人とイベリア、イタリア、昔のオスマン帝国領域に散っていたセファルデイムと呼ばれるグループの対立の深さは外で見るより遥かに深い。

更にはミズラヒムと呼ばれるアラブ、イエメン、エチオピア、インドなどから移り住んだ色黒のユダヤ人との軋轢も多発している。今や、セファルデイムやミズラヒムは国民の40%を占めるようになり、1980年代から大量に移民してきた旧ソ連からのアシュケナージ移民や極端に保守的な宗教グループと手を組み、強硬右派の拠点として強大な政治力を有するまでになった。これが、中東和平の障害になっている事は間違いない。

イスラエルには憲法は無いが、司法府(裁判所)は法により独立を保証され、議会制民主主義を採用している。しかし西欧的な世俗国家ではなく、ユダヤ基本法を信仰する「ユダヤ教国家」である。

国民皆兵生のイスラエルだが、イスラエル生まれのドルーズ教徒(回教に近い)とベドウィンは兵役に服すが、超正統派ユダヤ教徒は納税の義務と兵役を免除され、ドルーズやベドウィンに属さないアラブ系イスラエル人はイスラエルに対する忠誠に疑問があるとして兵役につく事を許されない。

戦費の調達に米国の援助は欠かせない。特に、1973年の10月戦争後の米国のイスラエル援助は桁外れで、年間の政府直接援助だけで3千億ドルを超えており、米国の対外援助総額の20%に当り、イスラエル国民一人当たり500ドルを超える規模になっている。静岡県程度の経済規模の国への援助としては、正に破格である。

それだけではない、他の対外援助は全て分割払いか出費ベースであるのに対し、イスラエル援助は予算年度当初の全額前払いで,使途明細の報告も求められていない。これは、国連決議で国際法違反とされた西岸地区開発に、米国政府の援助資金が使われた事を隠す手段だと解釈されている。この援助にユダヤ系アメリカ人の寄金を加えると、米国の対イスラエル援助額は、年間1兆円規模になる。

中東唯一の民主国家と言う振れ込みで、イスラエル援助が正当化されてきたが、必ずしもそうは言えない。宗教や人種による差別を禁止している米国とは異なり、イスラエルはユダヤの血統を持つユダヤ教の国家であり、130万人以上に上る回教徒市民は常に差別されてきた。

法律上は一部例外を除き死刑を廃止しているが、パレスチナ人に対する超法規的な暗殺は日常的に行われ、裁判に掛けることなく殺しているのが実態である。更に、戦前の日本の治安維持法を思わせる予防拘禁など、治安立法も数多く制定され、その意味では民主国家よりはイランに近いのでは?との疑問すら残る。これを見ても明らかな様に、米国の中東政策は必ずしも米国の国益に沿ったものではない。

ベングリオン初代イスラエル首相は「若し、私がアラブの指導者であったとしたら、外国から来てアラブの土地を奪ったイスラエルとは絶対に和解しなかっただろう。確かに我々はイスラエルから来たには違いないが、それは2千年以上も前の話しで、今のアラブ人には関係ないことである。確かに反ユダヤ思想、ナチズム、ヒトラー, アウシュウイッツはあった。だからと言ってそれが彼らとどんな関係が有ると言うのだ。彼らからすれば、我々が来て彼らの国を奪った事しか見ていない。それなのに、彼らがこの事実を受け入れなければならない理由はない」と語ったと伝えられている。

問題は、アメリカ最大の親イスラエルロビーのAIPACをはじめ、多くのイスラエルロビーはイスラエルと言うより、イスラエルの極右の支持者である事である。これは巨額な私財をイスラエル支援に拠出しているユダヤ系億万長者にも言えることである。こうして小数派の極右が、イスラエルと米国の外交政策を支配し、多くの無駄な血が流される事は残念である。

全受賞者の20%を越える180人超のユダヤ人又はユダヤ人の血を引く人々が、ノーベル賞を受賞している事からも、ユダヤ人の世界文化への貢献と優秀さを疑うものはいない。非ユダヤ人を圧迫しているイスラエルとは異なり、米国のユダヤ人が米国の差別廃止と自由の獲得に果たした貢献も、実に大なる物がある。市民権運動が高揚してきた1964年に、ミシシッピ州で市民権運動を展開していた3人の青年がKKKの手で惨殺される事件が起こったが、その内の二人はNYから応援に駆けつけていたユダヤ人青年であった。

然し、いくら優秀なユダヤ人国家でも、中東に和平が訪れ、米国のユダヤ人のイスラエルへの関心が冷え、寄金が減額したとき、イスラエルに建国以来の危機が訪れる気がしてならない。常に戦争の危機に面して「山椒は小粒でピリリと辛い」国であったイスラエルが、平和なイスラエルでもぴりりとした才能を発揮できるものか?些か疑問が残る。

一方、戦後の困難から萌芽した新芽の時には香りの良かった日本は、成長した今日では、何の役にも立たない独活の大木化してしまった。

イスラエルの政治体制は戦争を前提として機能しており「国家の存続」が保証された和平がイスラエルを訪れた暁に、イスラエルも独活の大木化を迎え、日本の今の様な混乱が起こらない保障は何処にもない。

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