ブキャナン=ワグナーの均衡財政 再考 - フランス憲法改正の動き -

2011年07月26日 08:00

OECD諸国のうち、憲法に均衡財政に関する規定が明文化されている国は、これまでドイツとスイスのみであった。

その関係で、日本ではニュースになっていないが、フランスの下院は2011年7月上旬、公的債務の償還のための数年間の歳出上限の予算計画等を義務付ける「均衡財政」の憲法改正案を可決した。


改正案の成立には、これからさらに両院合同協議会の議決を経る必要があるが、もしそこで可決されれば、OECD諸国において、憲法に均衡財政の規定をもつ3番目の国が登場することになる。

もっとも、ドイツやスイスの憲法における均衡財政条項には、景気動向等に配慮した例外規定があり、有効に機能してきたとは断定できない。だが、OECDのデータによると、2010年のドイツの公的債務残高(対GDP)は87%、スイスは40%で、OECD諸国平均の97%よりも低い。

他方で、日本は200%に迫る勢いである。フランスの公的債務残高(対GDP)は次第にOECDの平均に迫りつつあり、ギリシャの財政危機といった欧州危機もあるため、財政規律の確保を憲法で明らかにしようとする政治的な意図がある可能性もある。

ところで、憲法に均衡財政を明記する議論の妥当性を巡っては、ブキャナンとワグナーの『赤字財政の政治経済学-ケインズの政治的遺産』が最も有名である(原書はBuchanan and Wagner (1977), Democracy in Deficit: the Political Legacy of Lord Keynes, New York: Academic Press)。

選挙で国民に選ばれた政治家が構成する議会。その議会が財政を統制する「財政民主主義」は、そもそも、イギリスでの国王の課税権に対する議会の同意見を巡る抗争や財政問題が動機の一つとなったフランス革命とも関係するものの、財政民主主義は必ずしも財政規律を維持するとは限らず、財政危機を招く危険性があるとの指摘が従来からあった。

というのは、政治家は票を求めて選挙で競争を行う。その際、有権者や利益団体の要求に応じて予算は膨張するメカニズムをもつ一方、政治家は有権者に税を課すことは喜ばないからである。むしろ、減税こそが歓迎される。

また、財政赤字から利益を得る者は多いが、損失を被る将来世代はその時点の選挙には存在しないため、財政赤字は累積し、財政規律の崩壊を食い止めるメカニズムは機能しない。

つまり、憲法が謳う「財政民主主義」の下では、財政は予算膨張と減税の政治圧力にさらされることになり、現在の政治家と有権者には、財政赤字が膨れ上がるメカニズムを遮断することはできず、財政規律の確保と矛盾する可能性をもつ。

このため、上記の書において、ブキャナン=ワグナーは、政治ゲームのルールを変える観点から、憲法に「均衡財政」の規定を明文化することを主張したのである。

日本国憲法は世界でもまれな「硬性憲法」であるから、憲法改正のハードルは極めて高いことは十分承知しているが、急速に進む少子高齢化の下、財政が危機的状態に陥りつつある日本でこそ、将来世代の利益を守るため、ブキャナン=ワグナーの「均衡財政」に関する議論を再考する必要があるのではないだろうか。

(一橋大学経済研究所准教授 小黒一正)

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