夏休みの課題図書

2011年08月09日 14:40

どうも最近、仕事で相手からのレスポンスが遅かったり、フィーの支払い待ちだったりすることが多い...と思っていたら、すでに8月だった。

皆さん、「夏休みモード」であった。

カリカリしてもしょうがないので、波紋が広がる金融市場と、ワシントンの茶番、ロンドンの暴動を横目で見ながら(想定の範囲内)、本でも読んで「待ち」の時間を過ごすことにする。


今読んでいるのはこちら。

邦訳版(評判いいらしい)。

初版は1997年に出版され、ピューリッツァーを受賞している。数年前に買い置きしてそのままにしていたのだが、最近また友人にすすめられて、読み始めた次第。

2003年版から、付録として「日本人とは?」という章が加えられ、これがまたオモシロイ。日本における考古学ブームは周知の事実だが、それを外国人の視線で見ると「こういう風に映っているのか」という新たな発見があった。

もっともダイアモンドさん、日本人と韓国人の国民感情にかなり敏感になっていて、「そこまで気を遣っていただかなくても...」という気がしないでもない。ダイアモンドさんは、アジア人学生の多いUCLAの教授ということもあって、それなりの配慮が必要だと感じたのかもしれない。

ダイアモンドさんは本業が生物学。人類の興亡史をこれだけ高い視点から俯瞰した本もめずらしい。おすすめ。

昔、歴史は文学であった。そして、あらゆる学問の母であった。経済学も、社会学も、政治学も、倫理学も、—哲学すら、歴史の中にあった。(海音寺潮五郎「武将列伝」あとがき)

司馬遼太郎の「お手本」であった海音寺作品を読むと、「日本人気質」というものが、日本のここ1,500年あまりの歴史を通じて、どのように醸成されていったか、ということが分かる。

しかし、そうした個々の人物史の背景を理解する為には、ときどき高所に立った「俯瞰図」を参照することが望ましい。

そうした俯瞰的な著作として、以下の本をおすすめする。

宮崎市定博士の作品としては、先日、池田さんがとりあげていた 「科挙」が有名だ。(「科挙」という本は、その生い立ちがあまりに悲壮なので、興味のある方はチェックされたし。)

「科挙」に代表される「読書人階級(「書香の家」)」という、中国人の価値観体系の対照的位置にあるのが、「盗賊」というこれまた中国史上、長~い伝統を誇る存在。

こちらを読めば、中国共産党の「出自」というものがよく理解できる。

「中国四大奇書」といえば、「三国志」「西遊記」「水滸伝」「紅楼夢」だが、このうち「読書人階級」たる「高級官僚」を題材にしたのは「紅楼夢」のみ。「西遊記」はSFファンタジー。残る二作品のテーマは「盗賊」だ。

「水滸伝」の「好漢ヒーロー」たちは、「盗賊」そのまんまだし、「三国志演義」のヒーローである劉備、関羽、張飛の三義兄弟も「ヤクザ臭」フンプンたるものがある。横山光輝的「いい人、玄徳クン」のイメージと「漢室再興」の大義名分は、後世の「読書人」による改悪だ。

中国には「正統」としての「読書人階級」と、そのアンチテーゼとしての「盗賊」がいた。考えてみると、来年にひかえた中国共産党のトップ交代劇も、元祖「盗賊」長征世代の子弟である「太子党」と、テクノクラート「読書人階級」である「共青団」グループの交代劇であると見ることができる。国民性というものは、一朝一夕に変わらない。

この中国的「盗賊」が、日本においてはなぜか「武士」という存在に昇華した。「王侯将相いずくんぞ種あらんや」という、大陸的アナーキーなエネルギーが、本朝においては「一所懸命」、「ご恩と奉公」、「いざ鎌倉」という価値観に変換された。

この「日本的なもの」の根本には、中国から移植された「正統」である律令制度を力でねじ伏せて、「幕府」という、元はといえば自作農、生産階級の代表であった武士による政権を樹立した、東国武士団の「革命」がある。

この800年近く続いた「幕府」という日本的、武士的な政治体制と、再度中国から輸入された朱子学=水戸学的「大義名分」「尊皇主義」といった潮流がぶつかり、そこに「黒船」という外圧が加わったことにより、「天皇を中心とした統一国民国家」という、明治体制が樹立されたわけだ。

敗戦と、高度経済成長という「ひと休み」を経た現在、富国強兵を目指した国民国家の形骸としての官僚制度に対峙する存在はいったいなんなのだろう...などと思いを巡らす夏の日であります。

オマケ

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