日本のデフレはグローバル化と相対的に低い経済成長率で説明できる

藤沢 数希

なぜ日本だけ、これほど長くデフレが続くのだろうか? 日銀の金融緩和が足りないからだろうか? 池尾氏も指摘しているように、経済規模の比較において日銀のバランスシートは依然として世界最大である。つまり絶対的な貨幣供給量では、日銀はつい最近まで、世界の主要国の中で圧倒的な金融緩和を実施しており、それが世界同時金融危機で、欧米の中央銀行が日銀に多少追いついてきたというだけの話である。筆者は、日本がデフレ気味なのは、金融市場が完全にグローバル化している中で、日本の経済の潜在成長率が世界の主要国に比べて低いことが最大の要因だと考えている。このことを簡単に説明しよう。


ヒト・モノ・カネの中でカネが一番グローバル化されている。今では個人投資家でも世界中の市場に投資できる。そしてヒトが一番グローバル化されていない。ヒトはモノやカネほど簡単に国境を超えられないから、成長率の高い国と、低い国が生まれる。ヒトもモノも完全にグローバル化したら、それは国境がなくなったということと同じである。

カネがグローバル化しているので、世界中の資産のリスクとリターンが一瞬の内に比べられ、同じリスクなら地球でただひとつのリターンに収斂する。ここで通貨のリターンを考えよう。通貨とは究極的にはモノやサービスを買えるから価値がある。そう考えると、通貨のリターンというのは、名目金利(I)からインフレ率(P)を引いたものであることがわかる。同じ1万円でも、物価が2倍になったら価値が半分になる。名目金利をインフレ率で補正する必要があるのだ。実質金利(R)である。日本の実質金利R[j]と、他国(たとえばアメリカ)の実質金利R[a]が、カネのグローバル化から同じになっていると考えよう。

 R[j] = I[j] – P[j]
 R[a] = I[a] – P[a]

 R[j] = R[a] = R

ここで、金融政策を簡単におさらいしよう。金融緩和とは、金利を低下させて経済活動を活発にすることである。成長率>金利の世界では、お金を借りて事業をすると儲かる可能性が高いので、個人や会社は積極的に銀行からお金を借りる。逆に、成長率<金利の世界では、個人や会社は貯蓄をして経済活動を控える。金融政策とは、簡単にいえばこれだけのことである。緩和しすぎるとバブルになってしまう。バブルは必ず弾けて、長期的には経済の健全な成長を損なう。金融政策では、金利を成長率の周りで上下させ、物価を安定させ、経済の持続的な成長を目指すのである。 日銀は名目金利のI[j]を下げて、通貨のリターン、 I[j] - P[j]、を潜在成長率G[j]より下げ、成長率>金利の世界を作り出そうとしているのだ。しかしカネのグローバル化から、世界中の実質金利は同じになってしまう。この場合、R[j] = R[a]だ。

ところが日本では、高齢化、人口減少、硬直した労働市場と資本市場などのために、経済の潜在成長率が諸外国に比べて低い。つまり、G[j] < G[a]となる。G[j] > R[j] なら金融緩和で、G[j] < R[j]なら金融引き締めだ。しかし、R[j] = R[a] = Rだとすると、相対的に潜在成長率の低い日本は、G[j] < R、となってしまい、相対的に潜在成長率の高い他国は、G[a] > Rとなってしまうのである。つまり実質金利が世界でひとつに収斂していく一方で、ヒトのグローバル化が不十分なために、潜在成長率の違いが国ごとに現れてしまう。そして日本のような成長率の相対的に低い国には常に金融引き締めの圧力がかかってしまうのだ。逆に成長率の高い新興国は常にバブル気味になる。

以上のようなメカニズムが、日本がゼロ金利を続けても全くデフレから脱却できない理由だと、筆者は考えている。要するに、規制緩和をしてヒトのグローバル化を進め、労働市場改革と資本市場改革をして、日本の潜在成長率を高める他ないのだ。

参考資料
勝間さんのインフレ政策を実行するとどうなるのか? 金融日記
経済を動かす単純な論理、櫻川昌哉
なぜグローバリゼーションで豊かになれないのか―企業と家計に、いま必要な金融力、北野一