瀕死のテレビ事業と地デジの海外普及

山田 肇

総務省は、「モルディブ共和国政府による同国国営放送の地デジ日本方式採用決定」と10月19日に報道発表した。同国に出張した森田総務大臣政務官とモルディブ観光芸術文化大臣が、日本方式採用に係る共同声明に署名したそうだ。

他方、今日10月20日付け読売新聞朝刊の一面には「パナソニックTV縮小 工場売却・停止 数千人削減へ」という記事が出ている。記事は「売れば売るほど赤字がかさむ」「瀕死の重傷」といった刺激的な表現を用いる。国内他社も同様で、ソニーのテレビ事業は7年連続の赤字だという。「新興国向けの需要拡大は今後も期待できるが」「韓国勢などとの価格競争」に勝ち抜く力はないので、テレビ事業は縮小に向かっているのだ。

平岡総務副大臣(当時、現法務大臣)が主催した「「ICTグローバル展開の在り方に関する懇談会」の下に、標準化戦略ワーキンググループが設置され、僕はその構成員だった。ワーキンググループでは地上デジタル放送の海外普及施策は成功だったのか、失敗だったのかが、長い時間議論された。


「国内企業の海外売り上げが増加し、その結果、納税額が増えたのであれば、国策として推進した意義はある。そのような事実はあるか」と僕は質問したが、はっきりした回答はなかった。

ワーキンググループの結論を元に、懇談会報告書では海外普及施策が次のように総括された。

官民を挙げてITU等における標準化活動に取り組むとともに、トップセールスや相手国における実証実験等を行った結果、06年のブラジルにおける日本方式採用決定以降、南米等を中心に、多くの国で日本方式が採用されるに至っている。
こういった取組により、約4億人の人口を擁する南米における送信機・受信機双方での新市場の創出に加え、日本の産業界にとっても、各国主管庁、事業者等との「つながり」の獲得・関係の深化、地上デジタルテレビ放送関連機器をはじめとしたICT全般にわたる各国市場への新規参入や浸透拡大、受信機・送信機市場への日本企業の一定の参入など、一定の効果が得られたと評価できる。

ワーキンググループでは多勢に無勢で僕の意見は通らなかったが、パナソニックの撤退は総括の誤りを明確に示すものだ。

日本企業はテレビ事業から撤退を始めているのだ。そんな時期にモルディブまで出かけて日本方式の採用について合意しても、日本の産業には役立たない。そんな出張にこれ以上国費を使わないでほしい。

読売の記事には、薄型テレビの世界販売シェアの推移が出ている。サムソン電子とLGエレクトロニクスが世界の第1位と第2位で毎年シェアを伸ばしているのに対して、日本勢が苦戦している様子がよくわかる。地上デジタル放送では欧州・米国・日本の三方式が国際標準を取ったが、市場は韓国勢に席巻された。日本だけでなく、欧州も米国も標準化にばかり力を入れて市場を取れなかった。国際標準化に力を入れても、普及とともに利益を回収する仕組みを埋め込まない限り、何の価値もないという教訓を、今日の記事は示している。

山田肇 -東洋大学経済学部