「空洞化」が起きているのはモノづくりだけではない - 城戸佳織

2011年10月21日 12:12

空洞化と言うと、たいていの人は、すぐに生産拠点の海外移転を思い描くようだ。だが生産拠点に関して言えば、日本の大手企業の生産拠点はすでにグローバル化しており、例え円高になったとしても巷で騒がれているほど問題にはならないのではないか。逆に、一度海外に出た生産拠点が、日本に戻るようなことがあったとしても、生産現場で働きたいという日本人は多くはない。事務職だった人が、製造ラインに職を求める可能性は低い。人件費や生産コストの問題もあるのだが、生産拠点で働く労働者を確保できなければ、確保できるところに拠点を移すしかない。今の時代、先進国でこの手の労働者を確保するのは簡単なことではない。

問題なのは、空洞化が生産現場でのみ起こっているわけではないということだ。筆者は製薬企業の創薬研究を受託する中国企業に勤めているが、この企業では主に創薬に関わる「知財」を生み出す仕事をしている。提供するのは研究開発というサービスで、共通言語は英語だ。


製薬業界に詳しくない方のために説明すると、医薬品の開発段階には大きく二段階ある。創薬研究と呼ばれる薬の候補となる新しい物質を生み出す研究と、研究で効果が検証された候補物質を人間に実際に投与する、開発段階の二段階である。開発段階の試験は臨床試験とも呼ばれる。

こうした研究開発に関わる試験の受託会社をContract Research Organization (CRO)と呼ぶ。開発に関しては、日本でもかなり前から外注はあった。日本にある外資系製薬企業に至っては、日本で行われている臨床試験のほぼすべてが外注で、本社にある開発部隊はデータの取りまとめや、海外にある本社と連絡、調整業務を行うのみである。

日本の臨床試験はコストが高く、時間も長くかかるので、外資系製薬企業には不評だ。現在、日本での薬事申請に使われる臨床試験データは、韓国で行われたものが増えている。途上国の規制が先進国並みに整備されれば、他のアジアのデータが増え、日本で行われたデータにかなりの部分置き換えられるだろう。これは日本のサービスの効率化をもっと真剣に考えないかぎり、必然である。さらに言えば、こうした動きは国際的な動きであり、ドラッグラグを解消するためにも、日本だけが反対する立場にはない。

CROには、ここ10年程の間に目立って大きくなった、研究の受託をするCROもある。研究CROは、従来は欧米、ロシアなどに多かったが、近年は中国、インドに拠点を移している。理由はやはり、コスト面でこれらの国が有利だからだが、実は欧米の製薬企業で働く研究者というのは、元々中国やインド系移民が多い。昨今の不景気やM&Aで、現在外資系製薬企業は、次々と欧米にある自社の研究所を閉鎖し、研究も外注に切り替えている。そして、レイオフされた研究者たちが続々帰国し、CROでマネージャーとして働いている。

一方、中国、インドでは、こうした研究に従事する高学歴の新卒研究員を容易に、欧米より安く採用できる。中国やインドの博士の全てが優秀だとは言わないが、母集団が大きければ、優秀な人材も多い。

小泉政権下、日本で大学院の定員をむやみに増やしたが、産業の競争力の底上げになったかどうか疑わしい。新卒の高学歴者数は増えても、企業の景気が回復しないかぎり、すぐに利益に直結しない研究部門の採用は減る一方だからだ。そして今、新卒高学歴研究者は、将来の市場を見据え、外国人新卒研究者を積極的に採用する企業の動きと、研究開発の海外CROへの外注の動きのはざまで、増々就業の機会を失っている。

筆者は、米国、カナダ、中国、日本にあるドイツ系企業、日本企業で働いたことがある。技術者に関しては、日本はまだ競争力があると思う。だが事務職の単位時間生産性は、日本企業が最低と思う。各個人の仕事の能力というよりは、権限が各個人の役職や職務に応じて委譲されておらず、何をするにもいちいち上司や、そのまた上の上司の確認を取らねばならず、それが非効率を生んでいる。加えて、上司のご機嫌をとるためだけの意味のない長時間残業も、家庭と仕事を両立させたい優秀な女性の社会進出を阻んでおり、日本企業で女性の管理職率が低い原因になっていると考える。

筆者の勤める中国企業の事務職員は女性が多く、優秀で、個人の生産性は、以前勤めていた日本の商社の一般職の5倍はあると思う。みな残業は一切しない。このまま効率化が進まなければ、サービスにおいても空洞化するのは明らかだ。誰が高コストで生産性の低い日本人を雇い続けるだろうか?日本が海外に比較して優位なのは、実は生産ラインや技術部門だけだ。役所を含む事務系仕事においては、日本語と言う壁に守られているうちに、早急に改善しなければならないと思う。サービスの空洞化は生産拠点の空洞化より深刻になると思う。

城戸佳織
Shanghai ChemPartner Co., Ltd.
Director Business Development, Japan and Asia Pacific

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