人間関係で悩む前に - @ogawakazuhiro @hiro_ogawa

2011年11月07日 00:23

対人関係で思い悩む人が多いようですが、そういう人はとても純粋で、少なくとも同じ言語を話しているから、自分の話している内容をすべて相手が理解した上で否定され、自分自身も相手の言っていることをすべて理解したうえで それを受け入れられない、そう考えているのでしょう。


しかし、それは非常に傲慢なことです。なぜなら、人間の思考を現在の言語で完全に伝え合うことなどできないからです。

人間が分かり合えるかどうかというのは、実はたいした問題ではありません。
原則として、たいていの人とは分かり合えないからです。これは本当のことです。
(分かり合えた!という幻想を互いに持てるような相手に巡り会ったときは、その幻想が死ぬまで潰えることがないことを祈りましょう)

問題なのは、相手の考え方や感じ方、信条などが自分とは違うという事実をもって相手を否定したり、自分が否定されたと思わないことです。

そういうもの、だと思うことで、お互いに認め合うことこそが大事です。

人間の体は決して純粋なものではありません。例えば、我々を組成しているのは我々が意思をもってコントロールできるものばかりではありません。
顔には無数の顔ダニが存在しているし、胃の中にも多様な菌が生きています。細胞一つ一つみても、ミトコンドリアのように外部から細胞膜を浸透して入り込んだ異物を取り込んで(その力で細胞は発熱し)生きています。
つまり、そもそも異なる生命、異なるロジック、異なる目的の存在を、我々の体は許容し、その結果として生命を維持しているのです。

その集合体として個々の人間が実存し、そして社会を構成している。
だから、少しくらい考え方や生い立ちが自分と違っているからといって相手を否定するのは、顔ダニ存在を許せなくて皮が擦り剥けるくらいに顔をこすり洗いするようなものです。

僕たちがスムーズな社会生活を送る上でもっとも重要なこと。
それは分かり合うことではありません。そういうものか、そういう見方もあるんだなと認め合うことです。最初からそう思っていれば些細な考え方の違いで激高することもないでしょう。仮に怒りを覚えたとしても、冷静になれば許し合えるはずです。

自分自身の信念を曲げずに生きることは大切なことですが、他人にそれを強いることはやはり暴力です。違いを楽しみましょう。自分と異なる思想を持つ相手の話を好奇心をもって聞けるようになれば、人生は相当に楽しいはずです。あまりに激しい相違であった場合は、敬して遠ざければいいのですから。

まあ、僕にもそれが完全にできるわけではありません。ただ、それが正しい考え方だと思い、少しでもその考え方をもって人とあたる努力をしたい、そう思っています。

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