【GEPR】チェルノブイリの遺産 (IEAなど報告要旨日本語訳)

アゴラ編集部

アゴラ研究所は、1月2日からエネルギー研究機関グローバル・エネルギー・ポリシー・リサーチ(GEPR)を運営しています。そこで、IEA(国際エネルギー機関)など8国際機関、ウクライナなど3カ国の合同調査の報告書「チェルノブイリの遺産」の報告要旨を翻訳しました。

1・4000例の甲状腺がん以外は健康被害の影響は、低線量被曝で科学的に明確ではない。
2・最も高い線量の放射線に被曝した人々の間では、チェルノブイリ事故と関連する放射線被曝によるがんの死亡率は最大で数パーセントの増加であろう。ただし、その試算は、確実な検証に基づくものではない。
3・避難、風評に伴う社会混乱の大きさ。

以上の3点を指摘しています。日本の福島原発事故を考える際に、参考になる情報です。

日本ではこの文献、またこの文献の元になった国際会議チェルノブイリフォーラム2003-2005を「引用した」と称して「10万人死亡」など、誤った情報を拡散させている人がいます。原典を確認し、参考にしてください。


チェルノブイリの遺産(概要の日本語訳)

IAEA(国際原子力機関)など
Chernobyl’s Legacy: Health, Environmental and Socio-Economic Impacts
概要

1986年のチェルノブイリ原子力発電所における事故は、ベラルーシ、ウクライナ、ロシア連邦にまたがる広範な地域に膨大な量の放射性核種が放出される結果となり、原子力発電業界の歴史の中で最も深刻な事故であった。20年経った今、国連諸機関および当該三ヶ国の代表が共同で健康、環境、そして社会経済的な影響について再評価を行った。

最も高い線量の放射線を浴びたのは、事故直後から5日間の間に緊急事態に対応した作業員と現場にいた職員だったが、合計でおよそ1000人いた。その一部の人々は、致死量レベルの放射線を浴びた。そして約60万人が緊急および復旧のための作業員(「精算人」)として登録された。作業中に高線量の放射線に被曝した者もいたが、多数の作業員と、ベラルーシ、ロシア、ウクライナ各国内の「汚染された」と指定された地域にいた住民(500万人超)のうち大多数の全身放射線被曝量は比較的低レベルで、自然由来の放射線による被曝量と比べてもそれほど高くはなかった。当局が行った軽減策は最も汚染のひどい地域から人々を避難させることなどで、放射線被曝量および事故の放射線による健康への影響を大幅に減らした。それでもなお、事故は人類全体におよぶ悲劇であり、環境、公衆衛生、そして社会経済に対し重大な影響を与えた。

放射性ヨウ素を含む放射性降下物を原因とする小児甲状腺がんは、事故がもたらした健康への影響の中で最も大きいものの1つである。事故後数ヶ月のうちに甲状腺が受けた放射線量は、当時子供で、高線量の放射性ヨウ素を含むミルクを飲んだ人々の間で特に高かった。2002年までに、この集団の中では4000件を越える甲状腺がんの症例が見られ、この大部分は放射性ヨウ素を摂取したことに起因する可能性が最も高い。

若年時に被曝した人々の間で甲状腺癌の発生率が著しくに増加した以外に、放射線の影響を最も受けた人々の間で放射線による固形癌や白血病の発生率が増加したとは明確に証明されていない。しかし事故の影響を受けた人々の間では心理的な問題が増加した。放射線の影響についての情報伝達が不十分であったことに加え、後のソビエト連邦の崩壊によって引き起こされた社会混乱および経済不況により悪化した。

チェルノブイリ事故による放射線被曝を原因とする致死的がんの数は、正確に、確実に査定できるものではない。事故とそれに対する反応に誘引されたストレスや不安についても、同様である。放射線のリスクに関する仮定のわずかな違いが、健康への影響に関する予測に大きな違いをもたらす可能性がある。そのため、そうした予測は大変に不確実なものである。国際的な専門家グループが、事故がもたらした今後起こる可能性のある健康への影響のおおよその見積もりを出している。公衆衛生の資源を将来的にどのように割り当てるかという計画を立てるのを支援するためだ。その予測は、最も高い線量の放射線に被曝した人々(精算人、避難者、およびいわゆる「厳戒制限区域」と呼ばれる地区の住民)の間では、チェルノブイリ事故と関連する放射線被曝によるがんの死亡率は最大で数パーセントの増加であろうと指摘している。その増加率とは、これらの人々の間で、他のさまざまな原因によるおそらく10万例ほどのがんによる死亡者数に対して、最終的には事故にある影響が最大で数千例であろうことを意味する。この規模程度の増加を見抜くことは、非常に慎重かつ長期間にわたる疫学的研究をもってしても大変難しい。

1986年以来、事故の影響を受けた環境における放射線レベルは、自然のプロセスやさまざまな対策によって数百分の一まで減少した。そのため「汚染」区域の大部分は、今では居住や経済活動を行っても安全である。しかしチェルノブイリの立入禁止区域およびある特定の限定された地域では、土地利用制限を今後何十年にもわたって続ける必要がある。

当該国政府は事故後の事態に対処するために数多くの効果的な措置を取った。しかし、最近の研究は近年の取り組みの方向性は変更されるべきであると示している。一般市民や緊急作業員の心理的な重荷をなくすだけではなく、事故の影響を受けたベラルーシ、ロシア、そしてウクライナの各国民に対する社会的経済的復興が優先されなくてはならない。ウクライナについては、崩壊したチェルノブイリ4号機の解体と、放射性廃棄物を安全に管理することを含め、チェルノブイリ立入禁止区域を段階的に修正していくことも併せて、優先して検討されるべきであろう。

事故の影響を軽減する過程において蓄積される経験から得た知恵を保存することは必要不可欠である。そして、事故による環境、健康、そして社会への影響のいくつかの側面に焦点を当てた研究を長期的に継続させるべきである。

環境放射線、人の健康、そして社会経済的な側面について取り上げているこの報告書は、これまでで最も包括的な事故の影響の評価を行っている。評価にはベラルーシ、ロシア、ウクライナを含む多くの国から約100名の著名な専門家が貢献した。報告書は、事故の影響下にある3カ国と、8つの国連機関それぞれの権限内での統一見解を表している。