福島に朗報、「甲状腺疾患の増加は予想できない」ロシア専門家=チェルノブイリ報告から考える合理的な低線量被曝対策

2012年01月06日 19:19

■巨大な社会コストと釣り合わない放射能リスク

前回『放射能対策、「健康被害極小」から「事故被害減少」へ政策の転換が必要』という記事には賛否両論の多くの意見をいただいた。

内容をまとめると、以下の通りだ。

▼放射線は年100ミリシーベルト(mSv)以下を緩やかに浴びたとしても被ばくと発がんなどの健康被害の証拠が得られない。被害の可能性は少ない。

▼福島原発事故では、福島と東日本の現在の放射線量で健康被害の可能性は少ない。

▼福島事故ではこれまで1人も死者がいない。これからも健康被害の可能性は極小である。それなのに推定で4兆円以上も東京電力が賠償を支払うことになっており、避難や混乱などの社会コストも発生した。この負担は妥当なのか。

今回のコラムはその主張を補強する情報を追加したい。1986年のチェルノブイリ事故の教訓だ。


広島と長崎の原爆投下の被害者のデータは蓄積されている。原爆の被害の中心は火と熱だった。また爆心地近くの瞬間最大1000mSv前後の急性被曝も放射線による健康被害をもたらした。しかし低線量での長期間の被曝では200mSv未満で、長期観察を経ても健康被害があるとは明確になっていない。[1]

原爆よりも福島の原発事故の参考になるのは1986年に起こった旧ソ連のウクライナのチェルノブイリ事故だ。ただし福島の放射性物質の大気中への拡散量はチェルノブイリの10分の1以下と推定され、原子炉も大きく破損はしていない。

■ロシア専門家「チェルノブイリ付近で特別の疾患の増加は観察されていない」

チェルノブイリ事故についてIEA(国際エネルギー機関)など8国際機関とロシア、ベラルーシ、ウクライナ3カ国の報告書(2006年)[]、ならびに国連科学委員会放射線部会の報告書(2008年)[]のポイントは以下の通りだ。

▼急性被曝による死者は50人以下。

▼甲状腺疾がんの発症者は被災地居住者約500万人のうち4000人程度。そのうち死者は0.2%程度。発症率は他地域比で10倍と推定され、15歳以下の児童が多い。原因は事故直後に汚染された食物、特にミルクや乳製品によるものだ。

▼同地域はソ連邦崩壊の社会混乱にも直面し、寿命の短縮などの健康被害があった。それもあって放射線による健康被害の全体像は明確ではない。ただし結論としては、「放射線医学の観点からみると、ほとんどの人々が、将来の健康について概して明るい見通しを持てるだろう」(国連報告)という。

また内閣府は「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ」で内外の専門家の知見を集めた。ちなみに、この報告は低線量被曝に関することを学びたい人には参考になるので参照いただきたい。

そこでチェルノブイリ事故の放射能対策に関わり、福島も視察したロシア科学アカデミーのミハイル・バロノフ氏がコメントを寄せている。同氏は事故後の福島にも滞在した。[

以下抜粋する。
「チェルノブイリの損害のほとんどが、1986年5月に、汚染された地域で生成された、放射性ヨウ素を含んだミルクを飲んだ子どもの高い甲状腺癌発生率に帰着しました」

「福島では、 子どもが2011年 3月から4月にかけて、放射性物質を含むミルクを飲まなかったことにより、この種の放射線被ばくは非常に小さかったといえます。このため、近い将来あるいは、遠い将来、どんな甲状腺疾患の増加も予想できません」

「チェルノブイリ周辺の放射性セシウムに晒された地域の居住者の長期被ばくがどのような影響を与えたかについて、25年間にわたる細心の医学的経過観察および科学研究は、ブリャンスク地域の人口における特別の疾患の増加を示しませんでした」

こうした各種の専門家による情報を見ると、チェルノブイリでは低線量被曝による健康被害が大規模に発生していないという事実が分かる。これは福島に、とてもよいニュースだ。(なぜか日本のメディアは伝えていない。資料読み込みと勉強の不足だろう)

そして、チェルノブイリで行われたように放射線量の監視、さらには高線量地域の除染によって、少ないリスクをさらに減らすことができる。

■事故後の混乱は福島とチェルノブイリで共通

社会の動きもチェルノブイリ事故は参考になる。この事故では人々の健康における最大の脅威は、恐怖と不確実性と強制移住だった。一連の出来事が相互に絡み合い、精神的に人々に悪影響を与えてしまったことが各種報告で指摘されている。

福島では同じことが起こっている。健康被害はこれまで発生していないし、仮に何もしなくても起こる可能性は少ない。それよりも政府指示による10万人の強制移住、福島をめぐる風説・デマ、社会混乱の影響が、負担となって社会と個人に加わっている。

もちろん事故を起こした東京電力がまず批判を受けるべきだ。しかし事故後の政府の対応の是非も問題にされなければならない。ICPRの被曝規制(年間被曝量平時1mSv、緊急時20-100mSv)の規制は「厳しすぎる」という批判が事故前から専門家に広がっている。それを日本政府は機械的に適用して社会と国民に負担を加えた。この対応に問題はなかっただろうか。

一例だが、日本政府が福島事故後に設定した放射能セシウムの規制値まで汚染された肉を食べて、CTスキャン1回分の被曝をするには、およそ4ヶ月の間に1トンの肉を食べなくてはならない。仮に食べても放射線による健康被害の可能性は少ない。ばからしい規制だ。こうしたことがたくさんあり、社会全体、そして福島に負担を加えている。

また一部の人々は、恐怖にかられ、社会に混乱をさせなかっただろうか。不安を抱くのは当然であり、特に子供を守ろうとする親の苦悩は重いものとして受け止める。しかし多くの場合は杞憂だ。不安の表明以上に、ありえない健康被害の恐怖を過度に騒ぎ続ける人が今でも散見される。恐怖の拡散は社会的コストになるだけではなく、自分と家族、子供も不幸にするだけだろう。騒いでも問題は何も解決しない。

私の低線量被曝をめぐる主張は簡単に要約できる。「ばかばかしい行動はやめて社会を平常に戻そう」というものだ。

この主張は今の日本では残念ながら少数派だし、政策課題で検討されることはないだろう。私の力も乏しい。しかし微力だが訴え続けたい。そして読まれた方は、現状では健康被害の可能性は極めて少ないという事実と、進行する社会の混乱を見比べて、「この騒ぎは何の意味があるのか」と問い直してほしい。

[1]Wアリソン(2011年)「放射能と理性」徳間書店 6章
[2]IAEA(国際原子力機関)など(2006年)チェルノブイリの遺産(概要の日本語訳)
[3]UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)(2008年)チェルノブイリ事故についての放射線の影響評価(要旨の日本語訳)
[4]同委員会 海外の専門家から寄せられたメッセージ

石井孝明 経済・環境ジャーナリスト ishii.takaaki1@gmail.com


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