ギリシャのまぶしい憂うつ

2012年01月12日 00:38

言うまでもなくギリシャ危機は今年も続いていて、経済の専門家の皆さんの解説や分析や情報も巷にあふれている。そこで僕は少し違う、ゆるいギリシャ情報をここに書いてみたいと思う。


僕は基本的にギリシャ危機に対しても、また僕が住んでいるこの国、イタリア危機に関しても楽観的な見方をしている。両国が財政破綻に陥って世界経済が混乱する可能性は十分にあり、それはもちろん重苦しく悲観的な未来図だが、それでも、さらにその先にある世界の様相は、そんなに暗いものではないという気がするのである。それは実際に危機の渦中にあるイタリアに住み、同じく問題を抱えているギリシャを旅しての感想でもある。

昨年6月、財政危機で暴動が起きたりしているギリシャを旅した。僕は1年に1度の割合で地中海を巡る旅を続けている。ヨーロッパに長く住み、ヨーロッパにさんざん世話になり、ヨーロッパを少しだけ知った今、西洋文明の揺籃となった地中海世界をじっくりと見て回りたいと思い立ったのである。去年が4度目の旅だった。そのときのギリシャ旅行では、エーゲ海の島々に渡る前に首都アテネに寄った。

アテネでは、政府の緊縮財政策に抗議する若者らが国会前で警官隊と衝突して、投石を繰り返すなどの騒ぎがあった。でも僕は不思議と危険は感じなかった。

これが今、同じように騒動が頻発しているシリアをはじめとする中東の国々なら、極めて物騒なイメージを持ったに違いない。が、ギリシャに関してはヨーロッパの民主主義国家という安心感がある。その違いはやはり大きかった。

ギリシャ本土を取材するのはそのときが初めてだった。僕は先ず、地中海にちりばめられているギリシャの島々とは違う、アテネの喧騒とカオスにひどくおどろかされた。

古代ギリシャの象徴、アクロポリスの上に建つパルテノン神殿とその周辺のわずかな地域を除くと、アテネの市街地は無秩序に開発拡張されていった現代都市という印象が強い。

スラム街と呼ぶのはさすがに言い過ぎだろうが、そういう言葉さえ連想させるほどの混沌が街じゅうを支配している。

僕はアテネの猥雑な建物群と、雑多な人種が行き交う通りを眺め、またその雑踏の中に足を踏み入れて自ら人ごみと一体になったりしながら、しきりにある言葉を想った。

即(すなわ)ち、

国破れて山河在り・・

いうまでもなくその杜甫の詩の意味は
「国は戦火によって破壊されつくしたが、山や川などの自然は、元のままの姿で変わらずそこにある」
ということである。

栄華を極めた古代ギリシャ国家は滅び去り、その滅び去ったものの残骸が、アクロポリスの麓(ふもと)に広がる現代アテネの無原則な市街地のようである。そして、市街地の上方、アクロポリスの丘の上におごそかにそびえ立つ、パルテノン神殿などの古代遺跡が、本来のギリシャの国の形、つまり山や川などの変わらない自然と同じもの・・というふうに見えたのである。

繁栄の絶頂にあった古代ギリシャは、その後ローマ帝国に征服され、あるいはそれと融合しながら歴史を刻み続けて行ったが、以来ギリシャは現代に至るまで、パルテノン神殿が建設された時代の栄光を取り戻したことは一度もない。

それどころか近代国家としてのギリシャは、1830年に独立するまではオスマン帝国の支配を長く受け、独立後もトルコとの戦争や2度の世界大戦に巻き込まれるなど、苦難の道が続いた。第2次大戦後のギリシャの政情は安定し、経済もそれなりに発展したが、内戦や軍部の独裁政治がそれに続くなど、現代国家としてのギリシャは古代の輝きからは遠い存在であり続けている。

そうした歴史と、今目の前に広がるアテネの混沌とした風景が錯綜して、僕に不思議な幻想をもたらし、僕は唐突に(国破れて山河在り・・)という感慨を覚えたりしたのだろうと思う。

それではアテネは、憂うつな悲しい不快な街なのかというと、まるっきりの逆なのである。

首都は明るく活気にあふれている。国会前で連日行われていた抗議デモも、そこを少し離れるとまったく気にならなかった。財政破綻の危険などどこ吹く風である。そんなアテネの明るさは、どうも地中海の輝かしい陽光のせいばかりではなさそうだ。

街が人種のるつぼとなって、大きくうごめいていることが、アテネの殷賑(いんしん)の一番の原因のように僕には見えた。

ギリシャ人に加えて、アラブ、アフリカ、インド、アジアなどの人々が、通りを盛んに行き交っている。ギリシャ人とあまり区別がつかないが、そこにはギリシャ以外の欧米人も多く混じっている。

古代ギリシャでは、アフリカのエジプトやアラブやトルコなどと交易をする中で、それらの地域の人々とギリシャ人との混血が進んだ。また後にはバルカン半島のスラブ人やアルバニア人、ローマ人を始めとするラテン人などとの混血も絶え間なく続いたことが分かっている。

アテネの喧騒を見ていると、まるで古代からの混血の習わしが今もしっかりと生きているような錯覚をさえ覚える。少なくともギリシャ人が、外国からの移民と見られる人々に対して、とても寛容であることがはっきりと分かる。

古代地中海域の十字路として、隆盛を誇ったギリシャのグローバルな精神は、アテネの路地や通りや街なかに連綿として受け継がれているように見える。

それは僕がかつて住んでいた、ロンドンやニューヨークなどの国際都市とそっくりの雰囲気をかもし出していた。

アテネがそれらの街と比較して、経済的に明らかに貧しい点を除けば・・                
                                     
                                     (つづく)
                                                             
仲宗根雅則
イタリア在住のテレビ屋


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