低成長下の資本主義

2012年01月14日 23:15

金融の役割は資金を効率的に配分することである。
ところが、リーマンショック、ユーロ危機など最近のバブルの発生とその崩壊は、現行制度の下では金融が必ずしも効率的な資金配分を行わず、ノイズを増幅することを明らかにした。その反省から、バーゼルIII、ボルカー・ルールなど、金融機関のリスク管理を厳しくする規制の強化が始まろうとしている。これは正しい方向だろうが、新しい金融規制は何をもたらすのだろうか。


銀行の本来業務への回帰

小幡績氏は、ユーロ危機からの経済の回復のために

「銀行がレバレッジを落とし、地味な貸し出しを目利きを行って実行するという銀行の原点に戻ったビジネスモデルにより、経済に付加価値をもたらし、自己も利益を上げる構造に変わらない限り、再浮上はない」

と説いている。この意見は非常に真っ当なものだ。
しかし、成長の中心が新興国に移り、先進国の低成長が続くという仮定の下で、こういった本業回帰が機能するのか、それは不透明だろう。 

このことは、バブル崩壊後の日本経済という先例を見ても分かる。バブル崩壊後の日本経済は、その後の20年間の実質成長率が年平均0.9%と低い。その間、銀行は十分に機能していたのだろうか。

この間、預金量は増加したが、貸し出しは逆に2割程度減少している。その一方で、保有する日本国債は大きく増加している、銀行が日本経済の活性化に大きな役割を果たしているとは言えないだろう。 むしろ、日本において銀行の本業は縮小し衰退しているように見える。 

実際、昨年暮れ、ある都市銀行の地方支店に勤務する方に伺った話では、(その支店に限ったことかもしれないが)信用保証制度を利用することなしには、融資が行えない状態だそうである。社会に資金を循環させる心臓の役割を担っている銀行が、機能不全に陥っているのではないだろうか。都市銀行の多くが保有する国債の短期化が進んでいるのに対し、地方銀行では短期化が遅れているというのも、優良な借り手を捜して、融資をするといった基本的なビジネスモデルが、行き詰まりつつあることを示しているように思われる。  

資本主義の宿命

資本主義が十分に機能するには、ある程度高い実質経済成長が必要である。なぜなら、投資家はリターンを求め、金融機関は、利鞘や、手数料を必要とするからである。金融の役割を資金を成長分野に効率的に配分することであるという自然な見方をするならば、投資資金は、成長期待の大きい新興国に多く流れ、先進国には多く滞留しないのが自然だ。

しかしアメリカのように財政赤字、貿易収支の赤字が巨大であり、かつ国内の製造業が衰退した国では、国内に海外からの投資を呼び込む必要があり、そのためにアメリカへの投資が、高い利益を生む状況を演出する必要が生じる。

一方、ユーロ圏については、元々、経済力の弱い国がユーロに加盟して信用力を人為的に高めることにより、信用力の演出が行われ、経済成長を後押しすることになった。

このように先進国の潜在成長率が低下してゆく中で、資本主義を維持してゆくには、投資のリターンを人為的に大きくする必要が生じているのではないだろうか。

もし以上のような考察が本当ならば、銀行が本来の業務に回帰したとしても、問題は解決しないだろう。現在の資本主義を低成長下でも機能するようにする手直しが必要なのではないだろうか。  

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