科学の限界と物質的成長からのパラダイムシフト

2012年01月21日 15:40

西澤潤一、元東北大学総長は工学の泰斗であるが、環境問題にも造詣が深く、上野勲黄氏と共著で「人類は80年で滅亡する」という本を2001年に東洋経済社から出版している。

表題は衝撃的だが、読んでみると徒に危機を煽ることなく地球温暖化の問題を驚くほど多方面から網羅的に分析し、我々が取るべき行動についての様々な提言がなされている。深い見識に敬意を表したい。

西澤教授のシナリオは以下のようなものだ。人類がこのまま年間230億トンもの二酸化炭素を排出し続けた場合、熱塩循環が弱まり、深層海流の流量は21世紀半ばには今日の3分の2に低下、その沈み込みの深さも現在の半分以下の1000メートル前後になる。その結果、表層の海水が温まり易くなり、海洋の二酸化炭素吸収力が弱まり、逆に海洋から二酸化炭素が放出されるようになる。温暖化に正のフィードバックが掛かり温暖化が加速する。
一方、海底や永久凍土層に含まれるメタンハイドレートは10兆トンにも達する。 メタンは二酸化炭素の44倍もの温室効果を持つ。メタンハイドレートは、圧力や温度の変化に敏感であり(実際8000年前にノルウェー沖で起きたメタンハイドレートの崩壊で、3500億トンものメタンが大気中に放出されたとされる)。 温暖化の進行によりメタンハイドレートが崩壊し、大気中に大量に放出されるとそれらは温暖化をさらに進め、二酸化炭素を生成する。 遂には二酸化炭素濃度が3%に達し、人類は窒息死するというシナリオである。

2007年発表の国連による温暖化の影響の予測によれば、今後2.4℃の気温上昇でアメリカの農業に大きな被害が起き、4.4℃の気温上昇でオーストラリアの農業が壊滅、6.4℃の気温上昇でメタンハイドレートの大崩壊が起き人類は滅亡する。


森林が枯死すれば、二酸化炭素の排出源になるし、二酸化炭素の吸収で海が酸性化したり高温化すれば二酸化炭素を固定していたサンゴの生育が阻害され、やがてサンゴが死滅し、その死骸から逆に二酸化炭素が排出される。 実際、後者は起こっており、既に正のフィードバックは起こっている。  

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「日本オオカミ教会ホームページから転載」

科学の限界

西澤教授は上述の本の中で、二酸化炭素排出削減の手段の一つとして人工生態系の構築を提唱している。実に工学者らしい発想であり、自然を自由にコントロール出来れば素晴らしい。しかし、これから述べるように自然生態系を人工生態系で置き換えることはできない。科学には限界があることを認識しなくてはならない。

庭の手入れは、庭木の剪定や、雑草を抜いたりとなかなか大変である。庭師の人が一日掛かりで行ってくれるが大量の枝などのごみが出る。

ところが、こういった手入れをしていないにも関わらず、健全な天然林は美しいものだ。これはなぜだろう。 これは生態系が機能しているからである。樹木の要らない日陰の枝は、昆虫が食べてしまう。実に見事なものだ。日陰になった枝に卵を産む昆虫がちゃんといるし、植物の側もこういった枝では生体防御が弱まって、葉を食べた昆虫は育ち易い。 茂りすぎた下草は動物が食べてしまう。こういった複雑な食物連鎖が機能して、森は美しく保たれている。そして大小様々な木々が生えることで、多様な環境が作り出され、豊かな自然により山の保水力が保たれ、我々の生活を支えている。

ニュートン以降、我々は数学や物理学、化学の進歩により、工業化を推し進め、様々な物質を作り、医学を発達させ、今日の繁栄を築いた。人間は身の回りの物理環境を照明やエアコンなどでコントロールするに至っている。

しかし、人間は自らを取り巻く生態系を制御するには至っていない。これは、物理学や化学といった工業化を推し進めた原動力に比べ、生物学が難しい学問だからである。理論物理学に相当するのが数理生物学だが、これを見ればそれが分かる。生物学は物理学とは根本的に様相が異なっている。  

それは生物学においては、原則的に全てが不安定であり、非線形であるということだ。これこそが、生物の多様性の源泉であり、生物現象は物理現象のような単純で美しい構造を持たず、非常に複雑なのが常である。生態系を構成するプレーヤー(種)の数も多く、これらを正確に把握するのは極めて難しい。物理学の難問、三体問題を想起すれば、生物学の難しさが分かるだろう。

だから、生態系を人間が自由にコントロールするといった発想は危険極まりないものだ。人間はコンピュータを駆使し衛星の軌道を計算したり、内燃機関を最適に制御するといった離れ業を行うことができるが、それはあくまで、本質的に線形構造を持つ物理、化学の世界の話である。バイオテクノロジーの進歩といっても、これで生態系といった大きな系を制御することは出来ない。植林といった単純な方法では複雑で豊かな生態系は作れない。実際、巨大なグラスハウス内に様々な環境を用意し、人工生態系を作る大規模な実験「バイオスフィアⅡ」がアリゾナ州で行われたが異常なガスの発生で数週間で頓挫している。 従って、環境問題を考えるときは、人間が生態系を制御するという発想は棄て、あくまで物理環境を制御するという立場をとるのが正しい。 だから、気候変動問題を考えるときは、気候変動に対処するという立場ではなく、まず気候変動を小さくするという立場に立つべきだ。 

物質的豊かさを求めない成長

現在の世界人口70億人が、物質的な豊かさを追求し続け、人口を増やし続けるとしたら、地球環境は破滅的なダメージを受けるだろう。これを実感するにはフラスコの培養液内の細菌の増殖を考えれば分かり易い。始めは細菌は培養液内の栄養素を取り込んで爆発的に増殖するが、やがてフラスコ内は老廃物で汚染され(環境破壊)、養分を食い尽くした細菌は全滅する。今、地球上で我々が行っていることは、正にこれと同じことである。地球の表層で資源を食いつくし、環境を破壊し続ければ、やがて人類は滅亡する。温暖化の有無に関わらず、既に地球は定員オーバー、我々が欲望をコントロールしなくてはならないことは明らかだ。 

問題を解決するには、我々自身が「豊かさ」の尺度を変えなくてはならない。 これはたいへんに難しいことだ。何十年も先の、しかも確実には予測できない危機を避けるために、今の生活を変えることになるからだ。

しかし、このまま進めばいずれにしても近い将来に世界人口を劇的に減らすような悲劇的事態になることは確実だ。根拠のない楽観論や予測の不確実性をあげつらうことは意味がない。地球の有限性は最早、明らかだからだ。

先日、朝日新聞にフランスの経済学者、ダニエル・コーエンのインタビューが載っていたが、彼の主張するように、物質的な豊かさを求める時代は終わり、これからは精神的な豊かさを追求する時代だということだ。 今、問われているのは我々の価値観を変えるということだ。 もし出来なければ、終わりだ。窮屈に感じられるかもしれないが、他に選択肢はない。環境、教育、医療など非物質的な分野での成長が望まれる。世界の人々が賢明であることを望みたい。

注)温暖化やその影響の予測が不確実なものであることは確かであるが、不確実なことは脅威ではないという立場は誤りである。不確実ということは、それよりも悪いシナリオが現実のものになる可能性があるということである。世界の人口密度は一平方キロに50人程度で、これはモンシロチョウに換算すれば、10メートル四方に50頭という割合である。生物学的に異常な数字であることは間違いない。

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