尖閣よりインド洋まで、境ばかりの水路なり

2012年01月21日 21:55

(とりあえずタイトルに関しては、林子平に謝罪。)

のど元過ぎればなんとやらというが、2010年9月の事件で燃え上がった尖閣諸島をめぐる日中領海の諸問題も、日本のメディアをみわたす限り地震・津波・原発の向こうに消え去ってしまったかのようだ。


尖閣諸島、南西諸島、東シナ海、そして南シナ海までをも含めた中國沿岸部における領海、領空問題はもちろん今でも継続している。去年の12月には韓国の海洋警察官二人が武装した中国漁船船員に殺害されるという痛ましい事件も起きている。

残念な韓国の事件に比べれば、日本の南西諸島近辺の侵犯事件は今のところ、日本側においても侵犯者にとっても深刻な人身事故にいたらずに済んでいる。これは地理的距離によるところもあると思うが、やはり関係各者の努力の結果であり、危険かつデリケートな任務を遂行している自衛官、海上保安庁の人々は感謝されるべきだろう。

これは海外にいる私の個人的な印象だが、日本の政治家やメディアは、領海問題と沖縄の基地問題をそれぞれ個別にとりあげ、これらをより広義の日本、そして東アジアの安全保障問題という枠組みで論じようとしない。そこに日本の政治家とメディアの「卑怯」と「不誠実」があるのだが、いまさらそれをここで論じるのもむなしいだけなので、それは他に譲る。

アジア的見地からみた場合、2011年という年は、アメリカ・オバマ政権の対アジア政策(そしてそのコアな部分としての対中国政策)の大きな転換となった年だったと思う。それは「攻勢に転じた」といってもいいレベルだ。(海外のメディアでは「ピヴォット」とバスケットボール用語を使っている。)

TPPという経済面での攻勢のみならず、台湾への武器供与、そしてオーストラリア北辺の町、ダーウィンへの米海兵隊基地の建設の発表と続けざまに手を繰り出した。そして最後のトドメともいうべきが、ヒラリー国務長官の訪問によって印象づけられた、ミャンマー(ビルマ)との関係改善だ。

以前のエントリーでも指摘したが、中國はスリランカの内戦(1983~2009)において政府軍に肩入れし、その勝利と収束に貢献した。その延長線上として、中國は現在スリランカ南部の港湾施設の建設を多いにバックアップしている。中國はこれを商業施設と強調しているが、中國人民解放軍海軍のインド洋展開への重要な布石ということで衆目は一致している。

中國のストラテジスト(戦略家)の頭の中には、インド洋のど真ん中に海軍基地を得て、中東の資源国と、現在中國が急速に影響力を高めているアフリカの資源国をつなぐシーレーン防衛というヴィジョンがあったと思う。そして、それら資源を、マラッカ海峡という「海の関所」や、アメリカ第七艦隊の目と鼻の先を回航させて、南シナ海や東シナ海の沿岸部まで運んでくるのではなく、ベンガル湾を北上させて、ミャンマーに陸揚げし、陸路づたいに雲南省まで運ぶという絵を描いていた。

要するに前の大戦の折に利用された、重慶に都落ちした蒋介石国民党政府を支援する「ビルマ・ルート」の現代版だ。

私は2007年に雲南省に遊びにいったことがある。観光に力を入れている同省の五星ホテルに泊まったが、せっかくの豪華な室内の調度品も、夕暮れ時から深夜にかけての計画停電でまっ暗で見えず、シャワーも冷水。毎朝、ガソリン・スタンドに、ディーゼル燃料を求めて長蛇の列をなすバスやトラックなどの商用車を眺めて、「内陸部の開発も大変だな~」と思ったものである。

そんな「内陸」の雲南省や四川省も、ミャンマーからの資源ルートが開かれれば、「奥座敷」から「玄関」へ特進する。

そんなこんなでスリランカに依ったインド洋におけるそれなりの制海権と、世界の嫌われモノとして村八分状態だったミャンマーの軍事政権を懐柔、涵養することによってなる資源運搬ルートの確立は、資源安全保障と、経済発展政策の両面において、「一石二鳥」の解だった。

ところがミャンマー領内の国境地域において、中國側が建設していたイラワジ河の水力発電ダムの建設が、去年9月末に、ミャンマー政府により一方的に中止される。(詳細はこちら。)

そしてたて続きに、アウンサン・スーチー女史の軟禁解除、政治犯の釈放、そしてこともあろうにアメリカのヒラリー国務長官の訪問となり、中國にしてみると、いままで聞き分けのいい「舎弟」と思っていたミャンマーが、思いのママにならなくなってしまった。

これは私個人の考えだが、ミャンマーの民主化が進み、一部の軍のエリートの利益ではなく、国家として国益に基づいた独自の外交路線を歩み始めることに期待はしている。しかしその一方でミャンマーが第二のパキスタンとなって、中米外交の狭間で綱渡りをくり返す独裁者が君臨する国家となってしまい、その圧政のもとで民衆が苦しむようなことにならなければいいのだが、と危惧をもしている。

とにもかくにも、中國にとっては面白くないことの展開となってしまった。

現在、中國は胡錦濤・温家寶体制から次世代トップ(習近平・李克勤体制?)への過渡期にあり、経験則上、大きな政策転換ができない時期にある。交代される側は、次世代に指弾されるような失政の口実を残すことに臆病であるし、交代する側も出だしからつまづくようなマネはしたくない。

しかし中南海のエリートの腹の内は煮えくりかえっていると思って、当たらずとも遠からずだろう。オーストラリアのダーウィンでの海兵隊基地建設のニュースが出たとき、中國の環球時報(The Global Times、人民日報の傘下)は、次のようにコメントした(11月16日)。

“But one thing is certain – if Australia uses its military bases to help the US harm Chinese interests, then Australia itself will be caught in the crossfire.”

確かにいえることは、もしオーストラリアがその国内の施設をして、アメリカが中國の国益を損じることに手を貸すのであれば、オーストラリアも十時放火の中に捕われるだろう。

しかし、いくら吠えてみたところで、中國の当面の安全保障戦略の一部が行き詰まってしまっているのは確かだ。

人民解放軍の軍人とはいえ、公務員であることには変わりなく、予算死守が至上命令であることは、我が国の昭和初期の政変史をみれば自明の理。インド洋での展開の先行きが暗くなって、つじつまが合わなくなってくると、「やっぱり基本方針は台湾/南西諸島制圧」ということで、戦略立案が先鋭化してくることも大いにあり得る。

(なお中國の基本作戦思想と、それに対するアメリカの作戦概念、いわゆる「A2AD戦略」と「ASB戦略」に関しては、こちらのブログに要を得たまとめがあるので、紹介させていただく。あなたもこれを読むだけで「シビリアン・コントロール!」の前防衛大臣より安全保障政策通...というのが哀しいニッポンのエリートの現状...。)

オバマ大統領は年頭のCNNインタビューで、対中國外交において、共存共栄を旨としながら、アジアにおけるアメリカの立場について断固たる姿勢を強調している。

忘れてはならないことは、アメリカの強気な外交姿勢と中國の思惑とはまた別の次元で、今後のアジアの平和のためには、中國13億の人民が幸福でなければならないという前提条件だ。

中國人には「好鐵不打釘,好人不當兵。(はお てぃえ ぶぅ だぁ でぃん はお れん ぶぅ だん びん)」という言葉がある。良い鉄は釘にならず、良い人は兵にならない、ということだ。「坂の上の雲」をみながら、秋山兄弟の生き様に胸と目頭を熱くする日本人とはかなり異なった国民性を有している。

彼らの価値観と世界観が、「○○陥落」の提灯行列やら、「日比谷焼討事件」などといった、現代となっては時代錯誤である、我が国の軌跡をたどることがないよう、また我が国の独立と安全保障が保たれるよう、われわれは常に注意していかなければならない時代に生きている。

「...雍正帝の治世、雲南貴州総督の高其倬が密奏を上(たてまつ)り、国境に近い都龍(ドロン)の地には金鉱があるため、明代から越南に侵占されているので、これを恢復したいと申立てたのに対して雍正帝は、『汝は隣国と友好を保つ道を存ぜぬか。堂々たる天朝は、利益のために小邦と争うことをせぬものぞ』と戒めた。
...
然るに清朝末期から中国は実力を喪失すると同時に崇高なる理想をも忘却した。
...
いまの中国に最も必要なことは、既に実験済みの西洋新法の呪縛から解脱して、輝かしい中国本来の姿に立ち戻ることだ。それには心して自国の歴史を読め。」

「中國を叱る」宮崎市定 (「中央公論」1989年8月「巻頭言」初出)

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