成長から成熟へ、そして・・・

池田 信夫

日本の貿易収支が31年ぶりに赤字になったことが話題を呼んでいるが、これ自体は予想されたことだ。特に昨年は原発の停止にともなう燃料輸入の増加で一時的な赤字が大きくなった。ただJBpressにも書いたように、長期的にも経済が成熟して経常収支が赤字になることは避けられない。


これは人間が年をとったら若いときの稼ぎを取り崩して生活するのと同じで、それほど不都合なことではない。問題は、日本全体の変化と個人の変化が必ずしも一致しないことだ。団塊の世代にとっては彼らの人生と日本社会の変化が一致しているが、若い世代は成長期に「成熟国」に暮らさなければならない。

現在の社会保障は日本が「成長国」だったときにできたものなので、同じ制度を成熟国で続けると財政が維持できない。特に経常収支が赤字になると、財政赤字を貯蓄でファイナンスする構造が崩れる。これからは資産を効率的に運用して所得収支で食うストック重視の経済構造に変えなければならない。この場合は円は強いほうがよいが、残念ながら円は今後、弱くなるだろう。

したがって「空洞化」をそれほど恐れる必要はなく、むしろもっと空洞化が必要だ。円が強いうちに海外投資を進め、投資収益で食える体制にする必要がある。資本主義の祖国であるイギリスも、その後継者であるアメリカも、産業資本主義から金融資本主義に進化した。日本が危機的なのは、いつまでたっても成長期の経済構造が変わらず、輸出産業に依存していることである。

朝日新聞はエダノミクスと称して「成長から成熟へ」という選択を推奨しているが、その内容は分配重視の社民路線だ。これは全体のパイが増えているときの成長の分配で、何をやってもみんなが得するので、政府の仕事は気楽だった。しかし、これからパイが縮小してゆくと、負担の分配が必要になる。これを社民的な裁量政策でやると、今の民主党政権のように反対が続出して収拾がつかなくなる。

ここで成長期の八方美人的な政策を続けると、財政が破綻して成熟国を飛び越し、一挙に「衰退国」になってしまう。それは団塊の世代が考えるより早く(10年以内に)来るので、困るのは年金以外に生活を支える手段のない高齢者である。取り返しのつかない状態になる前に、ルールを決めて機械的に歳出を削減するしかない。それが『もしフリ』のメッセージである。