システム業界の詐欺的行為4 - 特許システムはなぜ失敗したか

生島 勘富

特許システムが失敗した理由は、小学生の算数すら避けてしまう技術回避の思想が遠因なのですが、特許システムに関わられていた萩本 順三氏の述懐(元はFace Bookの日記です)によると、直接的な原因は別にあるようです。

それは、サラリーマン(官僚・公務員)としての個人的なリスク回避(つまり、責任逃れ)と能力不足です。


■受注のない売上

例えば、販売管理システムを作るとしましょう。

お客様は「うちは受注のない売上があるのです」というようなことをよく仰います。

これは、ほとんどは受注生産ですが、たまに在庫から出荷するときは、受注データの入力をせずに、直接、売上データを入力したい。つまり「受注と売上が同時に発生する場合がある」というようなことをユーザの言葉で説明したに過ぎません。ですから、受注データの入力を飛ばして売上データを入力できるようにし、受注データは自動でコピーしておく。という仕様にすれば良い。

ところが、サラリーマンはお客様の言ったことと違うことをする、つまり「個人の判断を入れる」ということを嫌います。さらに、言われたことを整理するだけで精一杯で、真意を汲むという能力が欠けている場合もあります。そのいずれかのタイプが設計を行うと、言葉の通り「受注がない」という業務フローを作り、そういう仕様で作ることになります。

さらに、場合によってはお客様が強く要望することもあります。つまり、情報システム部が集めた要望をシステム会社に伝える際、情報システム部としても「変えて良いか」の判断を加えることを嫌うため「勝手に変えてくれるな」と言うことがあるのです。

システム会社も、情報システム部も、要望を集めてそれを再構成するのが本来の仕事ですが、要望に「個人の判断」を加えたときのトラブルは避けたいため「言われたとおり作る」方を選びたがります。会社の規模が大きくなればなるほど「責任を回避したい」という傾向は強くなり、公務員・官僚ともなればなおのこと……。

その結果として「受注データがない売上データ」というような、意味の分からない仕様のシステムが珍しくないのです。大きなシステムでは、同様の問題が必ずいくつか存在します。後から見れば「なんでこんな回りくどいことを……」となりますが、影響範囲が大きすぎて修正はできず、保守費用の大半がその「回りくどさ」で浪費されていることもあります。

■何気ない一言が大変なことに

情報システム部やシステム会社が、単純に要望をまとめるだけの仕事しかしない場合、ユーザ部門の「何気ない一言」が大変な事態を招きます。

「受注のない売上がある」というのは、ユーザ部門として「何気ない普通の言葉」ですが、その通りに作ったとしたら、業務フローが分かれ機能も分かれることになります。そうなれば、受注入力を飛ばし、データをコピーしておく場合に比べ、受注に関する機能は数倍、ドキュメント・テスト方針によっては10倍以上の工数が掛かることになります。

ユーザは、表現についてほとんど気にしていませんから、次に話すときは「売上から入力したい」と言うかも知れません。本質的なやりたいことは変わらないけれど、表現がブレることは普通に何度も起こるものです。(もちろん、本質的な部分で揺れる難儀なユーザも存在しますが……)

ところが、訊く方が「言われたとおり作る」人で言われた通り作っていた場合、本質は何も変わってないのに仕様書もプログラムも直す羽目になる。ユーザーの何気ない小さな表現のブレは、そういう人に取っては大変大きな問題で、「ユーザの言うことがコロコロ変わる!」という不満になります。

そういう不満が出てくるときはかなり注意が必要で、その人が担当する機能は完成を見ないという可能性も高まりますし、「言われたとおり作る人」は、私とは真逆の「クソ真面目」なタイプですので、何かのタイミングで人格が壊れ、最悪の事態に発展することもあります。

打合せをしていて、特に要望を変えたわけではないのに、相手が不満を持っていそうなときはこのパターンが非常に多いです。できれば依頼する前にチェックするべきですが、あなたの真意を汲んでくれないシステム会社に依頼してしまったときは、あなたが表現に気を付けるしかないでしょう。

■特許システムの失敗について

私は部外者なので本当の所はよく分かりません。

しかし、萩本 順三氏の述懐や他から漏れ伝わってくる所から推測すると、失敗するプロジェクトの典型であることは間違いない。

60名のプロジェクトが1000名を超えるまでの肥大化を許したと言うことは、これまで書いてきた問題点のすべてが重なっていると想像しています。

1000名を超えるプロジェクトになるのは人海戦術を基本と考えている証拠でしょう。

プロジェクトというのは、全員が理解できる様にするために、人数を入れれば入れるほど技術レベルを落とさざるを得ません。萩本 順三氏によると、要件定義の段階で問題が見えていたようなので、特許庁側には「受注のない売上」というような表現をする人が多く、その表現がブレがちで、ベンダー側は「言葉の通り作ろう」とする人が多かったのでしょう。特許庁側が「言うとおりに作って欲しい」と要望したかも知れません。もちろん、ちゃんとした人もいたでしょうが、1000名も人を入れたら「個人の判断を入れたくない」と考える人達の圧力は非常に強くなり、混乱の中で低い方に流れていきます。

最初から無理だったとは思いますが、「大量増員しなければならない」と考えた時点で失敗は確定で、55億円(発注額は百数十億円)で諦めたのは大英断だったと私は考えています。発注額を超えても中止の判断ができず、ズルズル行くことの方が多いですから……。

■技術か人海戦術か – リスク回避(責任回避)が根本原因

言われたとおり作る」というのも、「技術を回避する」というのも、「個人の判断を入れたくない」という想いの表出で、根本はサラリーマンの個人的なリスク回避(責任回避)、防衛本能にあります。そういう人が多いから「技術を避け人海戦術を採る」という旧日本陸軍のような馬鹿げた戦術が合理的となってしまいます。

個人的なリスク回避はサラリーマンの本能で、サラリーマンの集まりがプロジェクトであり、企業ですから仕方のないことかも知れませんが、その結果、長時間労働などの問題が起きますし、特許システムのような問題が起きてしまいます。個人的なリスク回避が集まった結果、もっと大きなリスクを取ってしまっているということです。

このような問題の根本原因は本能的な恐怖ですから、それを変えるにはもっと大きな恐怖が必要です。そのもっと大きな恐怖にふさわしいのは、お客様が依頼するシステム会社のスキルチェックをするということです。技術を避けてきた人たちにとって、これほど大きな恐怖はありません。スキルチェックが一般化すれば、本当にできない人は業界を去るしかないでしょうが、大半の人はチェックされればできるようになるでしょう。そうなれば、回りまわってお客様にもメリットが出てくるのです。

私に頂いたコメントやTweetを見ていただければ分かりますが、技術者とおぼしき人のものは「そんなに技術が低いわけがない!」「馬鹿にするな!」という批判ではなく、「技術は避けるべき!」というのが多い。それは裏を返せば「小学校の算数でも避ける」ということも、ユーザに求めた「初級システムアドミニストレータレベルすら避ける」ということも事実であるということの証明です。

そのような状態を改善するために、是非、現在依頼されているシステム会社の担当者に、初級システムアドミニストレータの問題 を解いて貰ってみてください。

※ 解答が欲しい方はメールにて [email protected]

株式会社ジーワンシステム
代表取締役 生島 勘富
(Twitter @kantomi)