若者こそ社会的弱者

2012年02月10日 12:22

高齢者の福祉(年金、医療、介護費用)の増大が、財政を圧迫していることは周知の事実である。そこで、高齢者福祉の削減が俎上にのるのは自然のなりゆきであるが、民主党政権は、最低保障年金といった高齢者福祉の充実を謳っている。 

ここでは、高齢者ではなく、若者こそ社会的弱者であることを指摘し、若年層への福祉こそ推進すべきであると訴えたい。


社会的弱者としての若者

平成22年度のデータによると、15~34歳人口、2855万人の中、就業者数1739万人、失業者134万人で、フリーター183万人となっている。無業者の中、家事も通学もしていないニートは60万人(いずれも概数)となっている。2010年度の統計で25~34歳の25.9%が非正規雇用である(在学者を除く)。 このように非正規雇用者が増加し、さらに大学卒業者の就職率も60.8%まで低下している。 非正規雇用者の増加は、スキルアップ機会の喪失、低賃金の固定化などの問題を引き起こしている。

このように若者を取り巻く環境は厳しさを増している。これは日本国内の特殊事情というよりも、IT化、グローバル化の影響が大きい。

また、親の経済力で子供の教育機会の優劣が決まっているのが現状であり、所謂、低学力の高校ほど中退率が高くなっている。 学力の二極化が起こっており、これは階層の固定化を引き起こしつつある。

現在のところ、ニートといった状況が許されているのは、親が支えているからであるが、ネットカフェ難民といった新しい形態のホームレスが出現していることは、親も支えきれないケースが増えていることを示しているように思われる。

国全体としてみると、既に若年層には社会的弱者といってよい人たちが増加し続けている。
今まで、高齢者福祉ばかりが考えられ、若年層への社会的支援が顧みられなかったのは、バブル崩壊までの高成長を前提とした社会モデルを引きずっていたからであり、その余韻がまだ残っていたために若者を親が何とか支えていたためであろう。 しかし、それも、もう続けることが難しくなっているように思われる。

高齢者福祉の削減は必至

一方、年金、介護保険制度といった高齢者福祉は、若年層の福祉に比べると著しく充実している。 私も高齢の老親を持つ身として、とてもありがたいと感じることが多い。実際、親を連れて医者に行っても、数百円を支払うだけでよいケースが殆どである。 ところが、痛切に感じるのは、こういった制度は最早続けることができないということだ。

やがて、65歳以上の老人一人を一人の労働者で支えなくてはいけなくなる。これは避けようがない事実なのだ。 そのとき、現在の若者は低賃金のまま中年になり、非婚者も多く、老親を介護しなくてはならないかも知れない。 これは大変なことである。 現在、世代間格差の試算をすれば、年金掛け金と受給額を比較して若年層が現在の高齢者に比べ圧倒的に不利であることは疑いようがないが、それ以上に、将来、老親を抱え、恐らく非常な高率の消費税を払うことになる上に、現在、職探しさえ難しいという今の若年層の立場を考えれば、現在の高齢者が年金の削減や医療費の自己負担の増加、介護の自己負担の増加といったことに文句を言う筋合いはないはずである(もっとも高齢者福祉と若者の就職難とは直接の関係はないが)。

長生きはめでたいことではあるが、贅沢でもあるということを認識すべきではないだろうか。 私は、年金受給の年数に15年といった年限を設け、その後は生活保護も受けられないといった過激な政策が実施されるとしても、文句をいうべきではないと思うが、如何なものだろうか。 少なくとも財政破綻して年金制度そのものがなくなるというよりは、ましだろう(元々、年金制度自身、比較的最近できたものである)。

若年層の福祉の充実を

高齢者の福祉を大幅に切り下げ、その代りに若年層の就業支援、奨学金の充実といった若年層の福祉の充実を行うことは、社会全体としてプラスになる。 資源は、これから伸びる部分に集中させるべきだからだ。

例えば、年金が受給できなくなった老人の家を国が接収し、低所得の若者が安価にルームシェアをし、その代りに老人をグループホームに収容するといった施策は考えられてよいように思う。 

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