若者の活力を削ぐ相続格差と「家系間格差」問題 --- 伊東 良平

アゴラ編集部

鈴木亘さんの1月24日の記事を見て、衝撃を受けた方も多いのではなかろうか。1950年生まれの人と1980年生まれの人で、厚生年金・医療保険・介護保険の世代間負担の差が3,240万円、1980年生まれと2015年生まれでは差が1,020万円。国の借金がいずれ将来世代の負担としてのしかかることが明らかな中、世代間格差がアゴラの主要テーマになっているようだ。


しかし、このような世代間格差が生じていることが明らかになり、あるいは以前から知られていたことがクローズアップされつつも、若年層からこの問題について大きく声を上げる動きが見られない。池田信夫さん、小黒一正さん、城繁幸さんなどが、日本の世代間格差の問題をしきりに指摘していながら、若年層にこの問題に対する怒りの声が沸き上がらない。政治家がこの問題を無視しつづけようとすることは、有権者の年齢構成から理解できるが、若年層からこの問題に対する解決を求める訴えが盛り上がらないのはなぜだろうか。単に若年層がこの問題に無知、無頓着なだけではないように思える。

不動産鑑定士として日頃仕事をする中で、相続に係る多くの相談を受ける。私の偏見も含めた一般的傾向だが、相続財産が数十億円の場合家督に悩み、数億円の場合相続税に悩み、数千万円の場合は兄弟姉妹間の取り分に悩むようだ。いずれにしても、多くの人は数千万円の遺産を残して死んでゆく。

【相続税収と課税対象割合の推移】01相続税推移
(財務省HP)より。各年度の相続税収+贈与税収(平成22年度以前は決算額、平成23年度は予算額)。課税件数は「国税庁統計年報書」により、死亡者数は「人口動態統計」(厚生労働省)による。

【平成21年度課税対象人数と課税対象資産額】02_H21相続税
財務省と国税庁の発表では、平成23年度の相続税予測額は1兆4,230億円、平成21年度の平成21年度の課税対象人数は46,438人、課税対象者の全死亡者に対する割合は4.1%となっている。課税対象資産額は10兆1,072億円で、課税対象者1人当り平均2.18億円の資産を残して死んだことになる。

遺産が5,000万円未満なら相続税は発生しないから、相続税の統計から相続の実体を把握することはできないが、土地付の持家を相続する元サラリーマン標準世帯を想像すると、都市部では被相続人当り3,000万円程度の相続が発生していると推測される。

【課税財産の種類別内訳】03_H21相続財産構成

世代間格差が公的年金や公的医療保険で問題にされることが多いが、仮に1世代で3,000万円程の負担差が生じていたとしても、その世代で平均3,000万円以上の遺産が相続されるならば、養った高齢者が次世代に資産を引き継いでいるわけだから、”世代間格差”は、計算上は生じないことになる。言い換えれば、世代間の格差が問題と思うのは、親からの遺産に期待できない人たちであり、若年層の半数以上は、損をしているとは感じていないのではないだろうか。

個人にとっての年金問題とは、老後の問題である。団塊の世代は兄弟姉妹が多く、親からの遺産は多人数で分けなければならないが、団塊ジュニア以降の世代は一人っ子が多く、親の遺産はそのまま受け取れる。親の資産を承継し維持してゆかなければならない資産家は別だが、サラリーマンを定年退職した親が亡くなった後の子は、親が残した「マイホーム」に住むなり、それを売るなりして老後の生活に充てられるかもしれない。

すなわち、問題は世代間格差ではなく“家系間格差”なのだ。この格差問題を解決するには、相続税を廃止する※代わりに民法を改正し、国を非嫡出子と同格の相続人とするなど、ドラスティックな改革が必要になるだろう。

人口減少社会とは、相続人の数が被相続人の数を下回る社会でもある。親からの相続財産の多寡で人生がある程度決まるというのは、人間社会である限り仕方のないことだが、それが社会の活力を殺いでいるのなら、相続という制度そのものを見直すことも、「社会保障」として必要ではないだろうか。

もちろん、このような共産主義政策は容易には受け入れられないであろう。国会では相続税の課税基礎控除を5,000万円+法定相続人数×1,000万円から、3,000万円+法定相続人数×600万円へ改正することが先送りされた。この程度の改正で“家系間格差”が是正されるとは思わないが、相続と相続税のあり方も専門家のみなさんの議論の対象にして欲しい。

それにしても、相続税課税対象者が1人平均5,315万円の「現預金」を相続財産として残しているというのは、小野善康さんの言う貨幣の「流動性プレミアム」の過剰による不況を象徴しているような気がする(蛇足)。

※贈与税も廃止し、親族間の贈与も受取った側の現物所得として所得税の課税対象とする。

伊東 良平
不動産鑑定士