社会にコミットして生きるために - @ogawakazuhiro

僕が浪人しているころの話です。

予備校にはいかず、深夜コンビニでバイトして、昼頃置きて受験勉強を少しして、また夜働く、という暮らしをしていました。しかし、いろいろ生活は荒れていて、精神的に冷めて目標のない自堕落な浪人生でした。

そのころ、夜中のコンビニによく来る浮浪者ライクな六十代と思わしき男性がいて、彼はよく僕に汚い指を見せては「俺は空手の達人」「貫手で二人再起不能にした」「具志堅用高に勝った」などを言うのです。不気味ですがおもろいオジさんでした。

そのうち、秋風が吹く頃にそのオジさんがぱったり来なくなる。どうやらのたれ死んでしまったらしい、そう聞きました。

そこで僕は思いました。いま予備校も行っていない、夜間のコンビニでバイトしているだけで勉強にも身が入っておらず、なんとなく社会に対しても斜めに構えている自分が、ここで変死でもしたら、きっと浪人生とも言ってもらえず、無職の少年が死んだ(当時はフリーターという言葉もニートという言葉もなかった)と新聞に書かれる。いや、むしろ何も取り上げてくれないかもしれない。だとすると、僕はいったいなんのために今ここにいるのだろうと。

それから遅まきながら本気で受験勉強をして(バイトは必要だったので続けていましたが)なんとか大学に入りました。その後は(コンビニで懲りたので)消費者に直接触れる商売ではなく、企業間取引をする仕事として商社を志向するようになり、最初のキャリアにたどり着きます。そしてやがて起業しインターネットビジネスに従事するようになるのは、それからだいぶ先です。

いずれにしても、僕はいまでは顔も思い出せないオジさんの死をみて、社会にコミットする生き方をしようと思うようになり、今に至っています。

社会にコミットして生きるということは、自分のためにお金を稼ぐというだけでなく、友人や家族、恋人、そして彼らのまた友達や家族にいたるまで、自分の人生に関わる多くのステークホルダーの存在を意識することであり、時間を超えて過去や未来に関わる人たちに対しても、影響を与えているということを知ることです。

事実、僕はいま起業家として会社を経営し、社員を雇用しています。僕たちが作るプロダクトは、主に企業向けのサービスですが、その先に存在する消費者にも影響を与えます。だからこそ、社会にコミットしていきていくことの重要性を感じるのです。例えばソーシャルゲームの射幸性の強さが社会悪として注目を集め始めていますが、ゲームプラットフォームの企業もSAPも、同じことを今一度考えてもらえれば、と思います。

小川浩 @ogawakazuhiro