天然ガスは石油以上の万能エネルギーである

2012年02月29日 16:03

石油に対する代替適格性を判断する基準の一つが「汎用性」だ。なぜなら、石油は現実に社会の全消費部門のエネルギーを担っているからである。こんなエネルギー源は他には存在しない。現時点で石油に取って代わるには、ある程度の汎用性が要求される。

よって、自然エネルギー、原子力、石炭などでは、喫緊の課題である石油問題を根本的に解決することはできない。詳しくは「なぜ石油に代わる最有力候補は天然ガスなのか?」の「前半」「後半」で触れたが、水力以外の自然エネルギーはまだルーキーであり、実績ある大型水力のポテンシャルは枯渇が近く、原子力は「電力化率の壁」と「電源性質の壁」の両方に阻まれて十数年前から伸び悩んでおり、石炭は汎用性がなく炉で燃やす以外に使い道が狭い。つまり、本格的に石油の代わりが務まるのは、エネルギーの性質・これまでの実績・資源量などから考えて、天然ガス以外にありえないのである。

だが、この論理では、天然ガスはしょせん石油の“代用品”でしかない。食品などは典型だが、そもそも“代用何々”と呼ばれる商品にはろくなモノがない。「石油の代わりに仕方なく選ぶ」という姿勢も消極的で、質的に今より後退するような印象を受ける。ということは、石油文明から、一次エネルギーの主役をガスとするメタン文明へのシフトは、「やむをえない逃避」であり「文明の後戻り」にすぎないのだろうか。

ところがである。私もなかなか気づくことができなかったのだが、どうやら天然ガスには石油を超える汎用性・融通性・利便性があるらしいのである。偏見や先入観を排してよくよく調べてみると、天然ガスのエネルギーとしてのポテンシャルは石油を凌駕することが分かる。しかも、常温で安定した気体であるがゆえに、より優れたエネルギーシステムを作ることができるのだ。これは空想や願望ではなく、やろうという政治的意志と常識的な予算さえあれば、現実に完成することのできるものである。

これがメタン文明のもつ「6つのメリット」のうちの五番目である。以下から詳しく検証してみよう。


天然ガスは運輸部門で石油の代替が可能だが…
まずは石油の独壇場ともいえる運輸部門から見ていこう。同部門のエネルギーの98%は石油系燃料であり、電力は2%にすぎない(用途はむろん電車用)。そして燃料消費の9割が自動車(乗用車・貨物車)で占められ、残る1割が船舶とジェット機だ。厳密にいうならディーゼル機関車が20万kl程度の燃料を消費しているが、数に含めなくてよい。

このように、かくも石油依存度が極端であるため、それが高騰すると真っ先に直撃を受けるのが運輸部門だ。今日、石油が文明に欠かせない戦略物資とされるのも、運輸燃料を一手に引き受けているからに他ならない。よって、代替適格性を問われるとしたら、何はともあれ「運輸部門のエネルギーを担えるか否か」という基準が筆頭に来る。これをクリアできないエネルギー源は、決して石油の代わりをすることができない。

天然ガスはそれが技術的に可能だ。自動車でいうと、宅配便やタクシーなどでよく見られる「天然ガス車」がある。給エネ部分でやや改装はいるものの、エンジンは従来の内燃機関を使うことができる。また、「天然ガス船舶」や「天然ガスジェット機」はまだ珍しいが、すでに実在している。このように、天然ガスは運輸部門を丸ごと担うことができる。

ただし、である。その場合、天然ガスは“本物(石油)”よりも劣る“代用品”でしかない。というのも、常温で液体の石油にカロリー的に対抗しようと思えば、マイナス160度以下のLNGとならざるをえないが、当然、取り扱いが難しくなる。よって、圧縮ガスが妥当な選択となるが、それに対して石油系燃料のほうが扱いが簡単で、内包する熱量も多い。天然ガスのメリットといえば、せいぜい排ガスが少しばかり環境に優しいことだ。

これでは、天然ガスで本格的に運輸燃料の代替を進めた場合、乗り物の性能を後退させてしまうことになる。ということは、しょせん天然ガスは “緊急時の代打”にすぎないのか。ここで発想の転換が必要だ。前回の四番目のメリットのところで、「自動車をEV化し、その電力を高効率の天然ガス火力で賄う形にしていくと、どんどん省エネが進展していく」という構想を述べた。これは天然ガスが間接的に自動車燃料の代替を担う方法だ。

現在、EVは内燃自動車に比べ、性能面ではやや劣るものの、日々の燃料費を勘案した経済性ではすでに勝っている。しかも、蓄電池やモーターの技術は日進月歩なので、性能面で抜き去る日も近いだろう。よって、自動車はあくまでEV化させ、天然ガスはそのエネルギー源となる電気(二次エネルギー)を効率よく生産することに徹したほうがよい。

自動車のEV化による新規電力需要は3千億kWh弱と思われるが、技術革新のおかげで、火力ならば発電効率の向上に投資することで、最終的に燃料消費量を従来のレベルに抑えながらこの増加分を賄うことができる。しかも、火力は比較的、増設や改装が容易だ。ところが、軽水炉ならばあと40基程度の新設が必要になると思われる。もちろん、自動車がおおむねEV転換を終えるまでの期間中にどれだけ自然エネルギーを普及させられるかによって、この両者の重荷も変わってきよう。

このように、間接的な方法で石油系燃料の代替をすることは、一見、後退のように思えるかもしれないが、「ガス文明化で大幅な省エネが実現する」で述べたように、最終的に国家として大きな省エネに繋がることを思えば、むしろ進歩なのである。

ちなみに、天然ガスを化学処理することによって、GTL(Gas To Liquid)という液体燃料を作ることができることにも触れておきたい。これは石炭の液化よりも化学的にやや容易で、環境負荷も小さい。GTLはガソリンや軽油、化学原料の代わりになり、かつ現在の原油価格なら十分に採算も取れる。ただし、省エネ等の観点から、私はあくまで自動車のEV化を強く推奨したい。GTLは自動車以外の用途を考えるべきだと思う。

では、残る1割部分の船舶とジェット機に関してはどうか。船舶は小型のものなら自動車と同じように電化が可能だが、大型化するほど難しくなる。また、ジェット機の電化はまったく不可能だ。よって、大型船舶とジェット機には、あくまで「燃料」が必要だ。今言ったように、天然ガスはすでにその燃料としての役割を担っている。むろん、GTLの導入も選択肢だ。ただし、せっかく石油生成藻類を利用したバイオ燃料の製造が始まっているので、私としては環境面と国内産業育成の観点からも、バイオ燃料を大型船舶とジェット機のエネルギー源とすることを推したい。

以上のように、天然ガスは石油の独壇場である運輸部門を支えることが可能だ。ただし、石油の直接代替をする手法では、技術的に可能だとしても、自動車性能の向上や省エネに寄与しないことに留意する必要がある。よって、天然ガスは、EVの電力を支えるという形で、間接的に石油の代替をしたほうがよい。また、船舶とジェット機に関しても、無理に天然ガスで代替せず、潔くバイオ燃料にその座を譲ったほうが賢明だ。

家庭・業務・産業部門での代替も可能である
では、天然ガスは、他の部門で使用されている石油の代替も可能なのだろうか。結論から言うと、産業部門以外は容易い。

家庭・業務部門はすでに電力化率が5割に達し、石油に大きく依存していない。しかも、近年の石油価格の高騰により、他エネルギーへのシフトも加速しつつある。技術的・経済的にも問題はほとんどない。たとえば、家庭では灯油を熱源として利用するが、電気やガス式のヒーターに交換すればよい。石油系のプロパンガスの代替は、都市ガスか、IHクッキングだ。業務でも空調用の熱源やボイラ燃料として重油が使用されているが、ガスに換えたほうがクリーンで燃料輸送の手間も省くことができる。ガス式の冷温水発生機は同じ一台で夏と冬の両方のビル空調に対応できる。冷房のためにガスを燃焼させるというのはピンと来ないかもしれないが、これは冷媒の気化熱を利用している。

また、発電部門での代替も容易だ。原発事故以前は、石油火力が発電量に占める割合は8%程度だった。今現在、停止の影響で、この比率が倍に膨らんでいるが、これは一時的なものである。石油火力は精製の過程でどうしても出てくるC重油の消費先としての役割も負っている。天然ガス火力がこれに取って代わることは容易だが、現実には自動車のEV化の進行に伴うC重油生産の減少と歩調をあわせて、代替を進めるがよい。

産業部門においては、重油・灯油・軽油などが熱源・動力源・自家発電源として用いられているが、この部分でもやはり天然ガスでの代替が利く。問題は石油をマテリアル利用する化学産業である。今言ったGTL(Gas To Liquid)が使える。ただし、植物原料やバイオ燃料も積極的に利用していくことが、環境的にも持続性の上からも望ましい。

このように、天然ガスは国のあらゆる部門で石油の代替を担うことができる。石油と同等か、それ以上に汎用性が高いのが特徴である。今日、原発のピンチヒッターとしての天然ガス利用(=天然ガス火力)ばかりが注目されているが、本当はアスファルト利用以外のすべてにおいて「石油の代替がほぼ務まる」という事実にこそ、もっと着目すべきではないだろうか。

製鉄の原料炭の代替まで可能な天然ガス
天然ガスの汎用性の高さは、なんと石炭の代替にまで及ぶ。現在、石炭が産業にとって不可欠なのは、発電のためではなく、鉄鋼のためだ。原料炭は熱源であると同時に酸化鉄の還元材でもあるため、他のもの(たとえば石油)には替えられない。石炭の炭素が酸化鉄の酸素と結び付くことで、はじめて鉄が生産されるのだ。

近い将来、人類に近代文明をもたらしたこの方法が一新されるかもしれない。現在、製鉄各社は、酸化鉄の酸素を炭素ではなく水素と結合させる「水素還元法」を研究中だ。こうすれば石炭は不要で、排ガスもCO2ではなく水蒸気になる。ただし、各社は水素の供給源をコークス炉に求めている。だが、「エネファーム」が各家庭で実証してみせたように、CH4(炭素原子1に水素原子4)のメタンのほうがもっと単純な装置で水素を取り出すことができる。よって、将来的に、天然ガスは原料炭に代わって製鉄産業を支えることも可能だ。

ただ、経済的な水素の製造法は他にもある。それが「高温ガス炉」などで水を熱化学分解する方法だ。日本原子力研究所はすでに「高温ガス炉」と、それを使った「水素製造法」の実証に漕ぎつけている。これはいわば「原子力製鉄」である。もっとも、原発に関しては別個の議論が必要だろう。冷却水不要で内陸部でも設置可能な高温ガス炉なら、たとえ万一の事故の際でも自然放熱でよく、暴走して放射性物質をまき散らす危険性がない。ただし、福一事故以降、世論は非常に厳しくなっており、新型の原子炉といえども、放射性廃棄物の問題まで根本的に解決することが求められているのではないだろうか。このように考えると、やはり「天然ガス製鉄」のほうが今はよいのかもしれない。

余談だが、石炭を使った火力発電や製鉄よりも天然ガスを使ったそれのほうが本質的に優れているとすれば、果たして、日本は石炭を輸入する必然性があるだろうか。今日、火力発電の年間石炭消費量は約8千万トン、鉄鋼業のそれが約6500万トンであり、両者で全体の8割を占めている。よって、この両者で脱石炭化が進めば、日本全体で一気に進展するだろう。というのも、近年、最大の供給国であるオーストラリアが大きな顔をして輸入国の足元を見始めており、石炭のアドバンテージである資源量と価格メリットのうち、後者が日に日に失われつつある。日本の高品質な鉄製品を支えているのが、オーストラリア産の高品質な石炭と鉄鉱石であることも確かだ。だが、石油に便乗した近年の値上げは許容範囲を超えつつある。「天然ガス製鉄」の完成が彼らと縁を切る好機になるかもしれない。それでも、あえて石炭を使い続ける理由があるとすれば、「エネルギーミックスによるリスク分散」ということになるだろうか。なにしろ、石炭の埋蔵量は低品位な褐炭も含めると、今後何千、何万年分もあると考えられるのだから。

史上もっとも優れたエネルギーインフラ
以上、天然ガスは、石油の代替どころか、石炭の代替まで可能なのだ。これまで石油は万能性ゆえに称えられてきたが、天然ガスは明らかにそれ以上といえよう。

しかも、石油がまったく及ばないのが、天然ガスの利便性だ。化石燃料はストック系エネルギーであるため、一般にその産出地でなければ、太陽光や風力のような地産地消または個産個消ができない。ところが、天然ガスだけは常温で気体であるため、ガス管のネットワークを使うことによって、需要家の土地にガスが湧き出てくるのと同じ状況を作ることができる。つまり、ストック系でありながら、フロー系のエネルギーと似た使い方ができるのだ。われわれはガス管の栓を捻ればガスが出るのが当たり前に思っているが、エネルギーが常時戸口まで来ている現実の凄さや恩恵を改めて考え直す必要があると思う。

かつて「ガス発電」といえば内燃機関を意味した。これは一軒屋ならともかく、マンションの各戸にとってはハードルの高いシステムである。ところが、家庭用燃料電池が発明されたことによって、今ではエンジン式の発電機は必ずしも必要なくなった。燃料電池ならば音もなく発電でき、同時にお湯も作れる。この家庭用コージェネによってエネルギーの利用効率は約9割にまで達した。マンションの部屋レベルで独自の電源・熱源を持てる時代が到来したのだ。しかも、私は太陽電池の性能と価格がある一定の水準を越えた時、「エネルギーの個産個消社会」が本格的に訪れると予測しているが(*これに関しては単独で頁を改めたい)、ガスのエネルギーシステムや燃料電池などのガス・テクノロジーと非常に相性がよい。これは非常に大事なポイントなので、どうかご記憶ねがいたい。

さらに、視点をマクロに移してみれば、各地のLNG基地と連結したパイプライングリッドを整備することによって、かつてない優れたエネルギーインフラが誕生することが分かる。まずパイプラインによって、各需要家へ瞬時に大量のエネルギーが輸送できる。ガス管による気体輸送は、都市部での石油製品の運搬のようにエネルギーのロスがない。むろん、瞬時輸送は電力も同じだが、一方で電力は保存が利かない。ところが、ガスは保存ができる。つまり、ガスのパイプライン網とは、電力と石油のメリットを併せたようなエネルギーシステムなのだ。しかも、将来、家庭用燃料電池が廉価になれば、従来のように「燃やす」だけでなく、誰でも「発電」のほうも可能になる。

むろん、恩恵は企業(大口需要家)にも及ぶ。一般に常用発電のハードルが高いのは、燃料供給を絶やせないからだ。常に運輸部門を通して重油や石炭を仕入れ続けねばならない。よって、本格的な自家発電は、よほどの大企業でなければ不可能だった。ところが上のようなシステムがあり、自由にアクセスができるなら、企業は事実上「自家発電し放題」になるだろう。しかも、消費者だけでなく、バイオガスや資源ガスの生産者も自由にアクセスできるようになれば、さらに需給一体的なエネルギーシステムへと進化する。

先述のように、私は最終的に「国産・ロシア産・その他の外国産」で供給源を三分割する体制を提唱している。このような供給体制を確立し、上のようなパイプライングリッドをいったん整えてしまえば、日本はおそらく、以後、数百年間にわたってエネルギー面での安泰を手にすることができるだろう(が、半世紀あれば十分、次の「持続可能文明」に移行することができると私は考えている)。これは希望的観測ではなく、われわれの努力次第で実現可能だと、私は考えている。

われわれは今、「天然ガスはしょせん石油の代替エネルギーに過ぎない」と思い込んでいる。だが、実際には「石油以上の万能エネルギー」であり、また石油よりも優れたエネルギーシステムを構築できる可能性を秘めているというのが真実である。

(シリーズ「石油文明からメタン文明へ」13 「呟かず、顔本もせず」の山田高明)

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