ごみとして捨てられた第五福竜丸=水爆実験で被曝、反核運動の象徴-「神話化」の功罪

2012年03月02日 08:30

生き残っていた反核のシンボル
福竜丸写真1
1954年(昭和29年)3月1日、米国によるビキニ環礁の水爆実験で静岡県焼津のマグロ漁船の第五福竜丸が被曝した。この船は東京・夢の島にある「都立第五福竜丸展示館」に今もある。(写真1)池田信夫氏のアゴラの記事『「死の灰」の神話』に刺激を受け、また知人が訪問してその方撮影の写真をいただいたので(今回掲載のもの)訪ねてみた。


福竜丸写真2
この事件では23人の乗組員が被曝した。そして無線長の久保山愛吉氏が半年後に亡くなった(写真2)。このとき放射性物質を「死の灰」と、恐怖感を持って表現する呼称が流行した。そして日本に放射能パニックが起こった。雨や食べ物による被曝を過度に恐れたのだ。「被災地のがれきは扱うな」などのパニックが起こる福島第一原発事故後の日本と、よく似ている。

久保山氏の「原水爆による犠牲者は、私で最後にして欲しい」という遺言とともに、この事件は悲劇として社会で大きな存在となった。監督は新藤兼人、俳優の宇野重吉が久保山氏役で映画化された。また同年公開の映画「ゴジラ」は、水爆実験に影響を受けて誕生した怪獣と設定された。そして事件をきっかけに、全国民的な原水爆禁止運動が誕生した。この船は政治的なシンボルになったのだ。

虚像を取り除いて分かった意外な実像

第五福竜丸は実際に見ると、とても小さい船だ。その印象と同じように実像と虚像のギャップがこの船の至る所に見えた。

展示では亡くなった方の一覧が展示されていた。プライバシーで名前は述べないが、2008年までに14名が死亡、その内訳は、肝がん、肝硬変、大腸がんが10名以上。久保山氏だけが放射能症による肝機能障害となっている。放射線医学総合研究所などによれば、輸血による肝炎の感染が全員の健康に悪影響を与えた可能性が高いという。もちろん被害へ悲しみを抱くし、久保山氏の死を悼むが、放射能はこの事件に関して、死に直結しなかった可能性がある。

福竜丸写真5
興味深かったのが第五福竜丸の末路だった。1967年に当時の所有者に捨てられ、ごみ捨て場になっていた夢の島に放置されていた。(写真3は捨てられていた状況。ごみ山の中にある)都の職員がそれを発見し保存に動いた。

時代を象徴するシンボルは、利用価値がなくなると、ごみになっていた。とても違和感を感じる光景だ。

現代とのアナロジー1・「神話」の形成と問題の政治化

第五福竜丸の姿を見て、誰もが「核をなくさなければならない」と誓うだろう。そして亡くなった方を悼む。しかしひねくれ者の私は福島の原発事故と照らし合わせて、次の2つの感想を抱いてしまった。

第一に、核災害では事実を離れ「神話」が生まれてしまう。つまりいろいろな人の解釈がまとわりつき、実像と離れる姿が流布する。そして問題は「政治化」してしまう。これは今、福島で起こっていることだ。

第五福竜丸事件をきっかけに、反核運動が盛り上がった。その動きの根底には「核兵器をなくしたい」「広島・長崎を繰り返してはならない」という日本と世界の人々の善意があった。しかし同時にこの運動が、共産党、のちには社会党の政治運動と合流した。

もちろん人々の善意を私は大切にしたい。しかし久保山氏の死因が放射能によるものというイメージが一度定着すると、それは拭えなくなり、しかもその検証が行われなかった。おそらく政治的なシンボルとなったために、真実を明らかにすることをためらう空気があったのだろう。

日本では社会問題で、危険が過度に強調され、混乱が起こることが繰り返されている。近年でも、ダイオキシン、狂牛病、新型インフルエンザ、新しい農薬、温暖化の不安など混乱の例は枚挙にいとまがない。問題ごとに「安全派」と「危険派」に、メディアと社会が二分論を行い、その論争構造の中で問題が議論されてしまう。リスクを客観的に分析し、対応策を考えない。他もたくさんリスクは存在しているのに、一つにだけ注目してしまう。こうした態度が問題の解決を遅らせる。こうした混乱が繰り返される理由は、改めて論じたい。(展示パネルでは「原子マグロは扱いません」とする魚屋(写真4)の姿があった。)福竜丸写真3

福島の放射能問題はこれまでの混乱と同じものであるが、新しい動きも加わっている。「今回の原発事故で拡散した放射性物質による健康被害の可能性は極小である」。これが科学の示す事実だ。ところが、その事実を示す人を「御用学者」とレッテルを貼り「原発推進派」と攻撃する。

相手の意見を聞かず、話し合いもせずに、まず攻撃する。これは左翼活動家が頻繁に使う「政治闘争」の手法だ。福島と東日本の放射性物質による健康被害の可能性を巡る問題は、原発の是非と分けられる、そして分けなければいけない問題だ。それなのに問題は政治化して、「権力=安全強調=原発推進=悪」「反権力=危険強調=原発反対=自然エネルギー=善」という思い込みのイメージが流布した。

残念ながら、現在の日本では、学者、医師などに放射能問題に関する発言をためらう雰囲気がある。「御用学者」との批判を恐れるためだ。これは自由な情報の流通を妨げるとても危険な動きだ。

センセーショナルな事件が起こった場合に、事実を検証することなく、物事の社会的意味が拡散し、政治的な文脈で捉えてしまう。その始まりが第五福竜丸事件だったのかもしれない。

現代とのアナロジー2・利用され「捨てられる」シンボル

第二に感じたことは、シンボルは利用価値がなくなると、捨てられてしまう危険性があるということだ。

私は福島県民の方と頻繁に取材で話す。また福島で行われる「なんてんフェスティバル」(難を転じるの意味)にボランティアとして参加する。

話を聞くと、福島に住む約200万人の同胞は、冷静に放射能のリスクを認識し、秩序を保ちながら生活している。私はこれに、深い敬意を持つ。また母方の5代前は、会津藩の下級藩士で没落士族だった。私は自分の「血」も意識する。

同胞の大半が福島の郷土と社会を懸命に守っている。ところが「福島で健康被害」とのデマとか、「福島に住むな」などの異常な意見を流し、真面目に生きる人々を「背後から斬りつける」ような、卑劣な行為をする人々がいる。

また福島を「フクシマ」とか「FUKUSHIMA」などと表記する文化人がいる。カタカナ、英語表記だと、「普遍的出来事」という意味を感じさせると勘違いしているのだろう。これは福島県で生活をする同胞に大変失礼な行為だ。日本人なら「福島」と表記するべきだと思う。

こうした人々は不思議と「福島の子供達を守れ」などの奇麗事を述べる。ところが現実の福島で起こっている本当のことを見聞していないことが多い。「空想の中の福島」を語り、それに涙を流す奇妙な行動をしているのだ。

第五福竜丸は、シンボルになった後に捨てられた。この船に熱い思いを込めたのに、その後に顧みない人々がかつていた。これは船という物体だから仕方のないことかもしれない。

しかし原発事故の影響を受けた福島、東北、東日本は日本の国土であり、同胞が生活をしている場だ。船とは違うのだ。「空想の福島」を扱った人々は、それを飽きたら捨ててしまうだろう。しかし「現実の福島」はそこに住む同胞と共に存在し続ける。

まもなく東日本大震災、そして原発事故から1年となる。シンボルとして扱われたこれらの土地と人々が、語った人から顧みられなくなるという「捨てられる」状況を作り出してはならない。

この船は今後、人々にどんな感想を与えるのだろうか。できれば私の感じた問題意識と同じものを人々に抱かせてほしい。

石井 孝明 経済・環境ジャーナリスト ishii.takaaki1@gmail.com

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

関連記事

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑