老後時間の「質」をどう高めるか --- 竹内 健太

アゴラ編集部

人間にとって時間を無意味に過ごすことは苦痛となる。人間の脳は常に刺激を求めている物質であり、外界からの刺激入力がなくなると、とたんに退化してしまう。池田氏はアゴラの記事で、これからの時代団塊の世代が引退して、死ぬまでの約20年間という時間をいかに過ごしていくかが重要な問題と述べている。日本のサラリーマンは豊かになることを第一の目的として労働に時間を費やしてきたため、余暇の過ごし方が苦手となり、定年退職という社会とのつながりが途切れた瞬間、余った時間をいかに過ごすべきかがわからなくなってしまう。


私は病院で勤めている関係で、定年退職をされた多くの人たちと入院前の生活について聴取する機会があるが、彼らの生活は悲惨である。大抵の人は一日中家のなかでテレビを見て過ごし、外出するのは買い物や散歩、パチンコなどのギャンブルのときが多い。彼らの生活は受動的で、ただ時間を過ごすだけになってしまっている。

多くの実証研究では、脳血管障害や認知症などの疾患の原因として喫煙や生活習慣が挙げられている。高齢者の約200万人が認知症やアルツハイマー病、脳血管性認知症に罹ると言われているが、認知症を予防する上で、日々の生活の中で身体的活動や社会への関わり、認知刺激を得ることが重要である。人間を含めた動物の脳細胞は外界からの刺激によって脳の回路を編成させるといった可塑性の能力が備わっている。ラットの実験では多様な遊び道具を設置した檻と遊び道具を設置しなかった檻とでラットを育てた結果、多様な遊び道具を設置した檻で過ごしたラットのほうが脳の神経細胞の樹状突起という電気回路の部分が発達していることが示されている。

そのため、刺激の少ない受動的な生活を過ごしていると脳が退化(廃用)してしまい、認知機能が低下してしまうのだ。認知症の約90%が廃用性の認知症とも言われている。先ほども述べたように、日本のサラリーマンは定年退職という人生の一つの区切りを境に、社会との接点が失われ失望感を得ると同時に、余暇の過ごし方がわからないため、時間を無意味に過ごしてしまう。それに加えて日本の多くのサラリーマンは会社組織だけに通用するスキルを労働時代に培うので、会社を辞めた途端に社会のなかで使い物にならなくなってしまうので、定年退職後の生活に役に立たない。

自閉症的な性格の持ち主であれば、膨大な余暇の時間を豊かに過ごすことができるであろう。プログラミングをしたり、物を収集したり、インターネットをして過ごしたりと他者と関わらなくても1人で有意義に時間をつぶすことができる。

しかし多くの人々は非自閉症的な性格の持ち主であろう。普通の人々が定点退職後の余った時間を有意義に過ごすためには「共感」が重要な要素となる。共感は人間を含めた動物に備わった能力であり、社会のなかで生きていくために必要な能力でもある。彼らとって必要なことは共感を通して、再び社会との接点を与えることである。共通の考え、共通の趣味をもった者が集まり、その中で共感が生まれると、コミュニティーができあがる。「共感」というのは「1人+1人=2人」を「(1人+1人)×共感=無限」という空間をつくりあげる触媒となる。

そして共感が共感を呼び、それがビジネスとなり社会活動に発展する場合がある。例えば、ミシンカフェ&ラウンジである。カフェや手芸屋さんの一角に、何台かミシンが並んでおり、1時間500円で利用できる。家でもできるミシンがけだが、主婦や高齢者の方々がそこに集まると、新しいコミュニティーがつくられる。いろいろ会話をしながら楽しんで時間を過ごすことができる。

このようなスモールビジネスを運営する人々は、最初からビジネスをしようと思って始めたわけではない。彼らは、共通の趣味を持った仲間と一緒に時間を過ごすために、仲間づくりを始めるのだ。そのとき、インターネットが活躍する。FacebookやtwitterなどのSNS、ホームページといったインターネットサービスは誰でも簡単に始めることができ、コミュニティーを探すことができる。誰かと一緒に趣味を楽しみたいという気持ちが共感を呼び、ビジネスやNPOなどの新たな市場を生み出すことになる。これからの時代は1人で時間を過ごす人を集めて、新たなコミュニティーとなる種を植え、それを成長させるスモールビジネスを作り上げるビジネスが生まれると考える。

このような共通の趣味をもったコミュニティーをつくることは定年退職した者や高齢者にとって、新たな生きがいとなるだろう。彼らに必要なのは、そういったコミュニティーに出会える「きっかけ」を与えることである。社会から引退した者たちの大半は再び活動する意欲を失っているため、彼らを「人と人とのつながり」を得られるような機会に背中を押してあげるのだ。

人は人生のなかで少なくとも1つは好きなことを持っている(と思う)。それを1人ではなく、共通の仲間と一緒にしたり、語り合ったりすることで共感が生まれる。最初は何気ない集まりから始まってもいい。共感の連鎖が生まれることで、規模が拡大し、ビジネスになることもある。そういった「共感の連鎖」が高齢者や定年退職者のQOL(生活の質)を高める一助となるだろう。

竹内 健太
リハビリテーションセラピスト