原子力の破れた夢

池田 信夫

今週のEconomist誌の特集は原子力で、結論は「軽水炉に未来はない」。これはおおむね業界のコンセンサスだと思うが、理由が違う。


原子力は戦争の産物であり、最初から国家の関与なしには存在しないエネルギーだった。その研究開発費の大部分は軍事費として支出されたため、原子力は見かけ上は安く見えるが、民間のビジネスとして自立しようとすると軍事的な側面が負担になる。原子炉は原爆の材料を作り出すため、その管理には厳格な管理が必要であり、大型の軽水炉には炉心溶融という致命的な弱点があるため、安全対策のコストが莫大になる。

ただ安全性そのものは、それほど本質的な問題ではない。工学的には、AP1000などの「第3世代」原子炉の安全性は高い。むしろ福島第一原発事故で露呈したのは、原子力産業が国家と密着しているがゆえに発生した安全管理体制の欠陥だった。中国などの新興国では原子力は有力な選択肢だが、安全管理体制には疑問が残る。特に核拡散を防止するのは困難で、ビジネス的には無意味な多額のコストがかかる。

放射性廃棄物も、決定的な弱点とはいえない。核燃料サイクルは、技術的には可能だとしても経済的に見合わないおそれが強いので、単純に廃棄したほうが効率的だ。捨てる場所は世界中にいくらでもあり、合意さえできれば技術的には何の問題もない。アメリカがユッカ・マウンテンで失敗したのは、政治的に利用されたためだ。

最大の難点は資本コストである。先進国では安全基準がきびしくなって審査に10年近くかかり、さらに事故の際の損害賠償が巨額になるため、図のようにkWあたりの建設費が2000ドルから1万ドルへと上昇している。これは100万kWの原発をつくるのに100億ドルかかるということで、燃料費が安くても火力発電所とはとても競争できない。特にシェールガスの価格が下がり、その埋蔵量も数百年あることを考えると、少なくとも軽水炉の新設は、ビジネスとしては成り立たない。


しかし原子力が無意味になったかというと、そうともいえない。原子力は大気汚染や地球温暖化の少ないクリーン・エネルギーとしては有力な選択肢になりうる。この場合のライバルは、再生可能エネルギーである。これは補助金に頼っている限りだめだが、技術進歩によって化石燃料と競争できるようになれば、原子力といい勝負になるかも知れない。

第4世代の原子炉も技術的には可能だが、実用化は20年ぐらい先になるだろう。今は化石燃料(特に天然ガス)の経済性が圧倒的で、すぐに実用化する必要がないからだ。SMRのような小型原子炉はもう少し早く実用化するかも知れないが、これも化石燃料と競争できるかどうかが問題だ。ただ長期的には化石燃料が逼迫して価格が上がり、地球温暖化が深刻な問題になれば、こうした技術にも出番があるかも知れない。

さすがにEconomistらしいビジネスライクな評価だが、疑問もある。建設費が5倍以上にもなったのは技術的な問題というよりも(特にチェルノブイリ以後)規制が強化されたためだ。原発の建設費の半分以上は(地元対策を含む)安全対策費だといわれるので、ビル・ゲイツもいうように規制を合理化すれば、新しい企業が参入してイノベーションが起こるかも知れない。原子力の未来を決めるのは、技術ではなく政治である。