政府は善意の第三者ではない

2012年03月17日 06:36

社会保障と税の一体改革で、増税をめぐる民主党内の意見集約が先送りされました。 また、東日本大震災からの復興も進んでいません。原発再稼働をめぐる議論も、あまり進んでいません。

このような様々な課題、それも喫緊の対策が必要な課題を抱える日本ですが、なぜこのように政策の遅れが生じるのでしょうか。

ここでは、その原因を探ってみたいと思います。


国民の意思、行動における矛盾

最近の世論調査を見ると、原発の再稼動に反対する人の割合が多い一方で、電気料金の値上げに反対している人も多いようです。

しかし、この世論は矛盾を含んでいます。 なぜなら、電気料金が値上げされるのは、原発停止による燃料費増加のコストが転嫁されるためで、電気料金が値上げされなくても、国全体としてはコスト高になることに変わりはなく、経済に及ぼす悪影響は値上げの有無とは無関係だからです。  つまり、国民は身の回りのことにしか目が届いていないのです。 

また、東日本大震災の復興にあたって、政府の対応が遅いのは事実ですが、その原因の一つが、瓦礫の受け入れに対する住民の反対、であることは間違いありません。また福島産の農産物の買い控えが、福島の復興を遅らせているということも事実でしょう。つまり、国民は口では政府を非難しながら、自ら政府の足を引っ張り、復興を妨げているわけです。

増税についても、国民の意思、行動は矛盾しています。 現在のように、国債に過度に依存した予算編成が持続可能でないことは、誰の目にも明らかですが、増税や年金の削減など社会保障の削減に反対の国民は多いのです。

政府は善意の第三者ではない

このような国民の意思、行動に於ける矛盾は、なぜ生まれるのでしょうか。その原因の本質は、国民の多くが、政府を善意の第三者と誤認していることにあると、私は考えます。

つまり、国民が経済的に困ったときには、政府なる善意の第三者が、金を払って景気をよくしてくれる。 国民が求めれば、政府なる善意の第三者が、原発の停止を命じ、かつ、余計に掛かる燃料費を電力会社に押し付け、電気料金の値上げを抑えてくれる。このような考え方をする国民が多いのではないでしょうか。

しかし、政府は善意の第三者ではないのです。国とは国民の総体であり、政府の力は、国民の税金により支えられているのです。 つまり、政府とは極論すれば、国民自身のことであり、政府の力、責任とは、国民の力、責任ということになります。 

問題の本質は、政府なるものが、実は国民一人一人と直結した存在であり、政府は国民の力を借りなければ何もできない、ということが忘れられているということです。

このように考えを改めれば、原発の再稼動を遅らせることは、電気料金の値上げ抑制とは無関係に、国力の低下とトレードオフの関係にあることは直ちに理解されるでしょう。

また、政府自身が何ら経済力を持たず、出来るのは、経済資源の配分の調整だけである、ということを正確に理解するならば、過去20年の実質経済成長の平均が年率0.9%の日本経済が、適切な成長戦略をとることにより、直ちに年率実質2%以上、名目3%以上の経済成長が可能だなどという幻想を抱くことはないでしょう。こういうことを言うと、政府には通貨発行権があるではないか、と言う人がいますが、通貨発行は何の価値も生み出さないので、これも経済資源配分の変更以上のものではありませんし、リフレ策をとればインフレで国債が値下がりすることで、金融システムが行き詰まる可能性が高いでしょう。

もう一段の掘り下げ

問題の本質は、上で述べたように、国民が政府を善意の第三者と誤認していることにありますが、もう少し掘り下げて考えると、これは国民一人一人が、時間、空間的に思考が及ぶ範囲が狭すぎるということにあるとも言えます。そして、それは、論理の鎖を丹念に繋いでゆく能力が十分でないということに帰着するように思われます。

つまりは、問題は、学校教育が、国民の論理能力を伸ばしてこなかった、ということに、その根源がありそうです。 

個人としての対応

しかし、国民が大域的な視点を持ち、賢明な判断をするようになるというのは、すぐには期待出来ないかも知れません。 それでは、個人として出来ることは、何でしょうか。 

真っ当な対応は、リスクヘッジをしておくことでしょう。 つまり、日本が衰退したときのことを考えて、自己の能力を高めておく、海外とのコネクションを強めておく、資産の一部を外貨にするといったことです。

もう一つの対応は、国民が賢明でない、というアノーマルな状態を利用して利益を上げることです。 

実際に、これを実施されている、経済評論家、自称原子力専門家、自称科学者の方々は、多数いらっしゃいます。具体的には、所謂、トンデモ本を出版するといった方法です。 これは良心を棄てれば、出来ないことではないでしょう。 テーマはいろいろあります。 「エコは環境に悪い」、「金がなければ刷ればよい」、「放射能を防ぐ家庭料理」、「農地が足りなければ地下に住め」等等。 頭の良さも必要ありません。 悪賢ければよいだけです。 自分の主張に都合の良い材料だけ集め、綺麗な図やグラフを載せておけば、納得してくれる国民も多いでしょう。

まあ、こういった対応策を採用せずともよい日本であってほしいものです。

追伸 最後の部分は少し品がないですが、あまりに目に余るので書きました。 何卒ご了承下さい。 

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