大阪市の「ゼロリスク原理主義」

2012年03月19日 13:17

大阪府市統合本部の「エネルギー戦略会議」が18日開かれ、関西電力の筆頭株主(持株比率8.9%)である大阪市として「全原発の廃止」など23項目の株主提案を6月の株主総会に提出することを決めた。その骨子は公表されていないが、朝日新聞によると次のようなものだ:

  • 可及的速やかに全ての原発を廃止

  • 絶対的な安全性の確保
  • 原発事故発生時の損害賠償リスクを会社の負担能力内に
  • 使用ずみ核燃料処理方法の確立
  • 需要が供給能力を上回る場合のみ必要最小限の安定的稼働を検討
  • 再生可能エネルギーによる発電所の大規模導入
  • 発送電の分離


「絶対的な安全性」とは何だろうか。「リスクをゼロにする」ということを意味するなら、それには全原発の稼働をただちにやめて廃炉にするしかない。原発を「全廃」する期限がいつか示されていないが、1日でも動かしているかぎりリスクはゼロではないので、「必要最小限の安定的稼働」というフレーズはそれと矛盾している。大阪市はどっちを考えているのだろうか。

おそらく彼らも、経済性とリスクにトレードオフがあることぐらい知っているだろう(座長は京大の植田和弘氏だ)。株主として考えるべきなのはリスクをゼロにすることではなく、株主利益を最大化するにはどれぐらいリスクを負担すべきかということである。

原子力安全委員会によれば、苛酷事故のリスクはIAEA基準では10万炉年に1度だが、いろいろな要因を最大に考慮すると500炉年に1度である。関電の管内には11基の原発があるのでリスクはこの11倍、すなわち最大でも約50年に1度である。賠償額を約5兆円とすると、これを確率で割り引いた1年あたりのリスクは1000億円。昨年(4~12月)の関電の燃料費増による損失3300億円よりはるかに小さい。

この500炉年に1度というリスクはIAEAの想定の200倍であり、現実には福井県の近海で東日本大震災クラスの地震や津波が起こることは想定されていない。起こったとしても電源装置の防水性には問題がなく、配管の耐震性は福島第一でも証明された。これらの想定がすべて間違っていてチェルノブイリと同じような事故が起きたとしても、作業員以外の人的被害は考えられない。

つまり原発を稼働することによる株主利益は、事故のリスクを最大限に勘案しても2000億円以上あるので、リスクを保険でヘッジすればよい。「人命は金に代えられない」という人もいるかもしれないが、人的被害は原発の50年以上の歴史の中でOECD諸国ではゼロなので、ここで想定されるリスクは農産物などの経済被害だけであり、計算可能である。

使用ずみ核燃料については、Economist誌も指摘するように技術的には何の問題もなく、海洋投棄や海外投棄で解決できる。問題はこれを政治的に利用する勢力と、それに迎合する政治家である。その処理コストをすべて内部化しても、既存の原発を稼働することは火力よりはるかに安く、株主利益にかなう。

原発の直接のコストだけでなく、機会費用を考えなければならない。再生可能エネルギーは原発の代わりにはならないので、原発を廃止したら火力を増やすしかない。しかしOECDも指摘するように、大気汚染で全世界で毎年300万人が死んでおり、最悪の汚染源は石炭火力だ。これが原発を廃止する機会費用である。

大阪市の追求するゼロリスク原理主義は、合理的なリスク配分を考えないで大衆に迎合する最悪のポピュリズムだ。資本主義の原則は、リスクをゼロにすることではない。株式会社は、リスク負担を最適化してリターンを最大化するための制度である。リスクをゼロにしたければ、大阪市はただちに保有する関電株をすべて売却すべきだ。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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