橋下市長に……、小事は情で処し、大事は理をもって決すべし。

2012年03月24日 12:00

原発や瓦礫に対する考え方について各種のアンケートを見ると、女性と男性で大きな開きがある。それはおそらく回数(努力)で考えるか、トータル(結果)で考えるかの違いではないかと思う。

どんなに説得を繰り返しても、合理的に判断できない人は必ず出ます。

身近な例で考えてみましょう。


■待機電力や一円でも安いスーパー

多くの主婦は家計を助けるために涙ぐましい努力をしています。

例えば、待機電力を防ぐため、様々な家電を使わないときはコンセントから抜いた方が良い。というのは絶対に間違っているとは言いがたい。

しかし、HDDレコーダーなどのAV機器の待機電力は1~2W程度しかありません。一方で電子レンジは500~600W、電気ストーブは600~1200Wです。HDDレコーダーを24時間入れっぱなしにしても48Wh。電子レンジや電気ストーブの2~5分間分ぐらいしかありません。

つまり、HDDレコーダーの電源をコンセントから抜いて節約する努力と、電子レンジや電気ストーブを1日数分間分使わない努力とは、節約の効果は同じです。ピーク時の電力を抑えるための節電であれば尚更です。不用意に電子レンジのような消費電力の大きなものを利用することの方が、ピークを押し上げる効果が高くなります。

また、「一円でも安く買えるスーパー」を探して買い物をしている。それは大変な努力です。

その努力のご褒美として、たまには豪華なランチを食べに行ったり、ブランド品を買ってしまったり……、トータルでは節約した金額よりもご褒美の方が多いことがしばしば起こります。

冷静に考えれば、AV機器のコンセントを抜いてしまったのに、依然として電子レンジや電気ストーブを使う行為や、普段の買い物では、一円でも安く買えるスーパーを必死で探しているのに、ブランド品を買い漁る行為は、合理的とは言い難い。

■回数で判断する人がいる

「女性に対するプレゼントは豪華なプレゼント1回よりも、小さなプレゼントを何回もする方が良い」という指摘は恋愛マニュアルなどによく書かれていることで、心理学的にも証明されているようです。

もちろん、人によって違いはあって、全ての人には当てはまらないです。しかし、上の様な例から実感できる方も多いのではないでしょうか。

何が言いたかったかというと、そんなにモテない私が恋愛指南をしたいわけではなく、世の中には努力によって得られた効果のトータルではなく、努力の回数や量を比較している人がある程度存在し、特に女性に多いということです。心理学的に証明されているということは、本能的で変わることは困難でしょう。

その様な人達が「現在の放射能が怖い」と感じたら……、放射能を避けるために、ありとあらゆる努力を惜しまなくなります。その努力の量が子供や家族に対する愛情であると考えるようになります。

結果、「一円でも安く買えるスーパーを探す」ことよりも、はるかに大きな努力をすることになるでしょう。回数で判断する人にとっては、努力の回数が多いことは「絶対的な正義」に昇華してしまうようです。

■言ってはいけない言葉

待機電力を節約するためにコンセントから抜く行為も、一円でも安く買えるスーパーを探す行為も、それだけを見れば決して間違っていませんから、否定することは非常に難しい。

例えば、「一円でも安く買えるスーパー」を探して買い物をする奥様に「そんな努力よりも、そのバッグを1つ買うことをやめれば5年分ぐらいの効果がある」という本当のことを言うのは、とんでもなく勇気が要ります。結婚生活の破綻を覚悟しないと言ってはいけない言葉だということは、多くの方が理解しているのではないでしょうか。

同様に考えれば、放射能を避けるための努力は決して間違っていませんし、むしろ崇高な行為ですから、それを否定することはとんでもないことなのです。ですから、回数で判断する人に対して、放射線とタバコのリスクを比較して「タバコの方がリスクが高い」ということや、「放射線で亡くなった人はいない」と説明することは、たとえどんなに合理的であっても「バッグを買うのをやめたら……」というより、はるかにひどい話として受け取られてしまいます。

そんなことは分かっていても、池田氏藤沢氏が(私も多少は)その様な話をされてきたのは、原発事故は非常にインパクトが大きかったために、普段は合理的に結果のトータルで考える人にも、パニックになった人が多くいたためです。その様な人に冷静になって貰うには合理的に説明するしかなく、合理的な説明によって多くの人が冷静に戻りました。

しかし、その説明を「はるかにひどい話」と受け取った人達は、更にパニックになり先鋭化するという状況も、同時に引き起こしてしまったわけです。

■小事は情で処し、大事は理をもって決すべし

多くのご家庭で「バッグを買うのをやめたら……」とは言えないということを考えれば分かるように、説得が不可能な人はある程度の数は存在します。現在、先鋭化してしまった人の大部分は、おそらく説得は不可能な人達です。それでも、ご家庭であれば努力に対して情で処すこと。つまり、「一円でも安く買えるスーパーを探す」努力に対して、「バッグを買ってお返しする」というのは何ら問題はないでしょう。むしろそうすべきです。

あえて、「バッグを買うのをやめたら……」と言うことは、何ももたらさない馬鹿な行為で、小事に理をもちだしても巧くいきません

しかし、原発(エネルギー)問題は日本全体に関わる大事ですから、理をもって決すべしです。これを情で対処しようとすると「一円でも安く買えるスーパー」にタクシーで行くような馬鹿げた状態になってしまいます。

情で対処することは、考える必要もなく、嫌われることもない楽なことですが、この非常時に合理的な決断から逃げては日本の復興はあり得ないでしょう。為政者が、大事と小事に対し、同じ対応をしたり、逆にすることはとんでもない間違いなのです。

例えば、前首相は、被災地を助けるという、日本全体から見れば小事に対し、非常事態宣言も出さず理をもって(公平に)対処しようとしたけれど、「可哀想だ」という情で超法規的措置をとるべきでした。一方、エネルギー問題という日本の根幹に関わる大事に対し、法的根拠もなく浜岡原発を止めるという暴挙を行った。パニックになった人達に情で寄り添って決めてしまった訳です。

重大局面で、大事と小事を取り違えてしまったために、将来に大変な禍根となりました。今はできる限り早く、その過ちを正さなければならない時期でしょう。

その時期に、自身もまだパニックの中にいるのか、「先鋭化した人に逆らうべきではない」というポピュリズムなのかは分かりかねますが、残念なことに、期待していた橋下市長は大事と小事を取り違えている。

是非、冷静に大局を見て欲しいと心から願います。

もちろん、大事を決すべき政治家にとっても、パニックを起こし先鋭化した国民・市民は、非常に怖い存在に違いありませんが、勇気を持って「理をもって決す」べきでしょう。同時にパニックを起こし先鋭化した国民・市民を慰撫するために、上手に「バッグを買い与える」ということをしていただきたい。

冷徹に理をもって決し、慰撫するという小事に対しては、大いなる情で対処するのが、政治家のあるべき姿ではないでしょうか。

株式会社ジーワンシステム
代表取締役 生島 勘富
(Twitter @kantomi

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生島 勘富
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