会計監査人・監査役の連係(連携)と「監査見逃し責任」 --- 山口 利昭

アゴラ編集部

たまたま、3月下旬に出た某監査法人さんの「監査見逃し責任追及」判決(地裁判決)の全文を読ませていただきました(ご厚意で、ある方からいただいたもので、学術的関心に基づくものです。ちなみに監査法人側、全面勝訴の結果となっております)。この判決文においても、また(先日の)オリンパス監査役等責任調査委員会報告書における後任監査法人の責任判断でも、不思議と出てこないのが「監査法人と監査役の連係」に関する論点であります。平成17年ころから、「会計監査人と監査役との連係・協調」に関する共同研究報告が出されているにもかかわらず、これは法的な争点として取り上げられることはなかったようです。あまり触れられていないのは、おそらく「公正なる会計慣行」と同様、この論点も法と会計の狭間の問題だからではないかと思われます。


監査手法として現場に浸透している「リスク・アプローチ」が判決文のなかにも普通に登場するようになり、これに伴い「不正の兆候」「異常な兆候」といった用語も普通に使われるようになったにもかかわらず、会計不正事件に遭遇した監査役と会計監査人とは、別々に法的責任が論じられているのが現実であります。たしかに、監査役の会計監査に関わるものとしては、ライブドア投資家損害賠償請求事件判決において、会計監査人側から「会計不正の疑いあり」との連絡を受けながら、監査役が何もしなかったということが任務懈怠とされた例がございます。つまり会計監査人からの指摘が監査役について「異常な兆候」ということになります。しかし、逆に会計監査人が監査役の報告を受けたたことで監査法人の責任が認められた判決は、見たことがありません。

会計監査人が監査計画を立てる時点において、どこにリスクがあるのかを判定するため、または内部統制リスクを評価するために監査役の意見を聞くとか、意見表明のための心証形成の時点において、監査役から会計監査に関する事実を聴取するなどすれば、重要な虚偽記載のおそれの有無について参考になる事情も出て来る可能性があります。たとえばオリンパス事件においては、監査法人どうしの引き継ぎの妥当性に関する論点については詳細に検討されているのですが、監査役との引き継ぎ時における論点はなんら触れられておりません。日本公認会計士協会「監査役会との連携に関する共同報告」平成21年改正版には、選任された監査法人は、監査役と前任監査法人との連携の状況は意見交換すべき基本事項として掲げられています。監査法人と違って監査役には職務上の守秘義務がないわけですから、忌憚のない意見を選任監査法人に述べることができるわけでして、まさに「不正の兆候」に結び付く可能性があるわけです。

会計監査人側からすれば、一般に公正妥当と認められる監査の基準に則って監査を遂行し、これをきちんと監査調書に記録しておけば善管注意義務違反に問われないのが原則かと思います。しかし平成21年の大原町農協事件最高裁判決は、監事に関する判決ではありますが、これまでの「慣行」に従っていたから、というだけでは注意義務を尽くしたとはいえず、監事の職務を規整する法律の趣旨に従った職務を尽くさなければならないとしています(現実に監事に損害賠償義務が認められました)。だとするならば、監査役との連携に関するガイドラインが一般に公正妥当と認められる監査の基準とはいえないかもしれませんが、リスク・アプローチの手法による監査を適正に行うためには、監査役との連絡協議等については、不可欠な監査業務ではないかと。

この「監査役と会計監査人との連係」という論点は、基本的には監査法人に有利に機能するのではないかと考えております。監査法人の法的責任を減じる方向に働く、いわば「監査法人にとっての有利な事情」になりうるはずです。ほんの些細な職務執行によって、リーガルリスクの半分くらいは監査役に負担してもらえる可能性があるわけでして。監査法人が当該会社の監査役監査がまじめに行われていることを信頼することは、法的保護に値するのではないでしょうか(いわゆる信頼の抗弁が適用される場面)。リスク・アプローチが監査手法として重視され、たとえ二次的にでも「不正発見」への関与が会計監査人に期待されるのであれば、監査役による業務監査の結果にも配慮することがごく自然な流れではないかと思います。

しかし、監査役との連係を怠ったがゆえに、不正リスクや内部統制リスクの評価を誤ったり、異常な兆候にアクセスできる機会を失った場合には、逆に職務上の正当な注意義務を尽くしたかどうか、かなり疑問に感じるところであります。原告・被告間において、立証責任がどちらにあるにせよ、争点形成責任は基本的に原告側にあるわけですから、「異常な兆候」がどこにあったのか、原告側が知るためには、監査法人と監査役間でいったいどのような協議がなされていたのか、双方の監査調書を取り寄せて検討することが不可欠だと思うところです。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年4月6日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。